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「嫉妬心」が教えてくれていることとは!? 

 

前回の記事は「感情に良いも悪いもない」というフレーズから始まっていますが、

 

そういえば「嫉妬」という感情は、「怒り」よりも悪く思われているような気がしたので、

この記事で「嫉妬心」について掘り下げてみようと思います。

 

 

日々、カウンセリングをしていると、「嫉妬してしまう自分が嫌」と話されるケースが少なくありません。

もしかしたら口に出すことすら控えていることも多いのではないのかと思います。

さらには、「無意識の抑圧」として自覚されずに他の姿に変えていることも珍しくない感情が「嫉妬心」だと思います。

 

けれど、「嫉妬心」も他の感情と同じく、大切な気持ちで、ご自身に何かを教えてくれていると思います。

 

一方で、「嫉妬心」は誰かを傷つけたりする攻撃性にもなりえます。

そのため、クライエントさんの中には、他者からの「嫉妬心」を向けられて、身に覚えの無いのない攻撃を受けて傷つき消耗してしまったケースも少なくありません。

そういった人からの「理不尽な攻撃」に困っている場合の他者理解の参考にもなれば幸いです。

 

「嫉妬」とは

「嫉妬」とは、自分より他の人が優れている結果を出したり、自分にはないものを持っていたりしたときに感じる、

攻撃性をやや含んだ感情です。

 

「嫉妬」を、何に対しても誰であっても抱くことが多いのであれば、

後述する「心の飢餓状態」であったり、

今の自分に納得ができておらず、理想と現実とのギャップの折り合いがつけられずに不平不満が溜まっていたりすることが原因かもしれません。

 

けれども、「いつもではない」「誰に対してでもではない」のであれば、感じた「嫉妬」は、

自分にとって大切なことを知らせてくれていることがあります。

 

それでは「嫉妬心」が生じる背景を整理していきます。

 

積極性の表れ

「嫉妬心」が生じる背景として、まずその人自身にある「ポジティブな意志」について理解してきたいと思います。

 

本気

「嫉妬」を抱くとき、それが仕事であれ恋愛であれ趣味であれ、

「本気で取り組んでいる」「本気で大事にしている事柄」であるために、

「嫉妬心」が並存することが多々あります。

 

例えば、仕事の営業成績で「自分より良い結果を出す他者」がいたとき、その他者への心境がどうなるかは、

仕事に対して「ほどほどにやればいいや」と思っている場合と、「売り上げ1位になりたい」と思って頑張っていた場合と、

心境は全然変わってくることがイメージできるかと思います。

 

「本気」で取り組んでいる事柄だからこそ、自分よりうまくいっている人に嫉妬やねたみを感じることがあります。

 

向上心

先ほどの「本気」とも繋がりますが、

「意欲」を持って「真剣」に取り組んでいれば、

その事柄に対して自分よりうまくいっているように見えたり、自分ができないことをできていたりする人に対して「嫉妬」が起きることは普通のことだといえます。

 

これは「負けず嫌い」と関連する部分があるかもしれません。

 

「負けず嫌い」という言葉そのものは対象を限定しておらず、「何に対しても」というイメージですが、

実際は、人それぞれ「どうでもいいこと」と「負けたくないこと」を持っているのではないかと思います。

 

「負けず嫌い」は「向上心」ともいえます。

 

同様に、「意欲」から出る「嫉妬」も「向上心」となり、スキルアップしていくエネルギー原になってくれているかもしれません。

 

「嫉妬心をなくしたい…」と思うとしたら、それだけ意欲を持てる事柄があるということかもしれません。

嫉妬心をなくすということは、その意欲ややりがいになっている事柄への積極的な気持ちもなくさないといけなくなるといえるかもしれません。

 

そうだとしたら、嫉妬も感じながら、関心は「意欲」「生きがい」に向けられると上手に共存していけるかもしれません。

 

一方で、「常に変わり続けて前進していなくては」というこだわりが「向上心」として表れていることもあるかと思います。

 

ご自身の中で感じる「嫉妬心」は、

細かく見てあげると「大事だから」なのか「向上心ゆえの焦り」なのか、あるいは他の要因もあるのか、

丁寧に理解できると行動の選択の助けになるかもしれません。

 

「欲しかったor欲しい」事柄

「欲しかった」あるいは「欲しい」ことに対して、「自分は手に入らなかったのに」という思いから、

手に入っているように見える他者を目の当たりにすると刺々しい気持ちが生じることがありますよね。

 

この苦しい心境として

「再就職活動をしているが、自分は決まらないのに同じ求職者の人たちが次々に就職が決まって素直に喜んであげられない」

「不妊治療をしているが、外出したときに赤ちゃんを見るのもつらくなった」

等といった状況が代表的な例になるかと思います。

 

この心境は、よく理解できるかと思います。

 

このような状況のとき、「自分の性格が悪くなった」と捉えるのではなく、

「それだけ苦しくいつ終わるのかわからない不安の中で限界までがんばっているのだ」

ご自身の苦労に寄り添いたいと思います。

 

 

他にも「○○が欲しかった(欲しい)のに」と思い、

それに対して手に入れている人を見ると心がささくれ立つのは普通の反応であると思います。

 

ただ、それが強すぎたり長すぎたりするようであれば、何か「納得できない」気持ちが隠れているのかもしれません。

あるいは、“かつての”感情が停滞したまま消化されていないのかもしれません。

 

人は「納得」できれば受け入れられ、流すことができやすくなります。

また、逆説的に、感情が流されれば納得感が後からついてくることも多いです。

 

「納得できず感情が停滞している」という状態であると、「未解決問題」として心に残り続けてしまうことがあります。

 

このような場合、今も本当に「○○が欲しい」というわけではなく、

「当時の」気持ちがまだ消化されずに溜まっていることによって、「不快感」として「嫉妬心」という出方をしていることがあります。

 

他者からの「嫉妬」の捉え方

この項目では、「他者から嫉妬心を向けられた場合」を想定し、

「こういう困った人が周囲にいる」というような視点で他者理解になればと思います。

 

「感情が教えてくれていること」の記事の中で「あの人だけズルイ!」という項目

「この心境はやや根深い問題を生じさせる」と触れました。

ここでの「怒り」は「嫉妬」とも捉えられるかと思います。

 

「ズルイ」というような「怒り」「嫉妬」がときに根深い問題を生じるのは、

「生じさせた本来の対象ではなく“弱い者へ”向けられる」からです。

 

けれども、嫉妬を感じているご本人が

 

「この気持ちの原因は強者に対して我慢しているからであり、その怒りを、向けても大丈夫な弱い相手に向けている」

 

と気付いていることは滅多にありません。

 

なので、その攻撃性は「正当な主張」として強められてしまっていることがあります。

そのため、その人個人の中だけではなく、周囲の人に影響を及ぼしてしまうことが多々あります。

 

他者からそのような攻撃性を向けられたときの「他者理解」の視点で軽く読んでいただければと思います。

 

視点が「一部分だけ」

「あの人だけズルイ!」という感情に占められることが多い場合、

置かれた環境や他の人たちとの関係性などの諸要因をほとんど考慮せず、

“一部だけを取り出して”相手を見ていることが原因であることがあります。

 

分かりやすく子どもの例にすると、

例えば「台風で家が倒壊してしまった家庭の子どもに学校から文房具の無料提供があった」とします。

クラスの全員の家が倒壊したわけではないので、

その場だけをみると「文房具をもらった子ともらえなかった子」になります。

 

ここで「あの子達だけもらってズルイ!」と思うのは、

子どもであれば理解できますが、

大人であれば、通常は思わないでしょう。

 

災害の大きさや、地域支援の意義や限界など、広い視野でいくつかの視点から見られれば、「嫉妬心」は起きづらくなります。

 

一方で、「今この瞬間での“もらった子ともらっていない子”」という「限定された一部分だけ」に視点が囚われる傾向があると、

「ズルイ!」と思いがちであるかもしれません。

 

そうはいっても、「あの人だけズルイ」と思うのも理解はできますよね。

「いいな~」と瞬間的に思うことは普通の心情なのではないかとも思います。

 

問題は、「その後の思考や行動をどうするか」なのだと思います。

 

少し視点を広げれば、その人それぞれの置かれた状況や役割は異なります。

「同じ仕事をやっている」としても、長年勤めて仕事が正確で信頼されている場合と、最近入ったばかりという立場とでは、給料や周囲の人からのサポートなどは異なって当然ですよね。

 

けれどもまた違う観点も重要で、ほとんど同じ状態なのにも関わらず、

一方だけ厚遇され、一方は冷遇されているような環境は、「ズルイ」という範囲をこえて「不当」なのだと思います。

 

「不当」な扱いをされているときは、ご自身ではなかなか判断ができないことも珍しくありませんので、

その場合は信頼できる人に相談するなど、他者の意見をぜひ取り入れてみて欲しいなと思います。

 

「自分」だけを見てる

先ほどの「一部分の視点だけ」と繋がりますが、

 

「今時の若者はすぐ投げ出す!昔はもっと厳しかった」

 

みたいな典型的な「年長者が若輩者をバカにする」場合も、時代背景をすっ飛ばして「一部だけ」しか見ていませんよね。

 

「自分がその歳だったころは」と、いきなり「かつての自分」を並列にしてこられることがあります。

 

あらゆる状況が全く違うにも関わらず。。

 

そして、最も重要なところは、そもそもは「今起きていること」を話しているはずなのに「自分のことしか見ていない」ということです。

 

先ほどの典型的な「今の若者は」についても、まるで「今の若者」について語っているようで、実際は自分のことしか見ていないし、考えていない。

 

この傾向は“毒親”と言われるケースにも当てはまりますよね。

「お母さんもつらかった」「私のほうがもっと大変だった」と話泥棒をして、子どもの側の話ができません。

 

「こっちの方が大変だった」という言葉には、

「相手の気持ちが自分より注目されたくない」

「自分に注目してほしい」という微妙な嫉妬心があるように感じます。

 

このような人に出会ったら、「相手の問題である」と考えて、あまり真に受け止めないほうがいいと思われます。

 

一方で、「自分がそういう感情を持っている」という場合には、後の「トラウマ反応」の項目で受け止め方を整理していきます。

 

忘れずにいたいのは、このような「微妙な嫉妬心」を抱くことが悪いということではないということです。

ただ、そのようなご自身の心の機微に気付かずにいると、

こじれた表出の仕方になってしまうことが課題だと思われます。

 

反射的な「自分はもっと!」という反応のまま、自分を観察できないと、

結果として「他人に自分を映し続けて、自分も他人もちゃんと見えていない」という歪んだものになってしまうのかもしれません。

 

「我慢」「恐怖」「不安」

『感情が教えてくれていること』で、怒りの原因となる要因の1つに「我慢」があると触れました。

 

過度な「我慢」は「怒り」となり、「ズルイ」という「嫉妬心」を生みます。

 

さらに深めると、「我慢」が実際には自覚している以上のストレスになっているという現実や、

「恐怖」や「不安」があることを認められないと、それは「怒り」や「嫉妬」に変わります

 

これは親などの他者理解に役立つかもしれません。

 

親などに「なんで怒られたんだろう?」「なぜ反対されたのだろう?」と腑に落ちないとき、

それは相手側に「恐怖」「不安」があって、その本心を認められないことから「怒り」になって出ていたから、

一貫性の無い非論理的な怒りを向けられてしまっていたのかもしれません。

 

トラウマ反応

この項目は、トラウマケアの視点から「嫉妬」を見ていきたいと思います。

 

トラウマを抱える方に多く見られる感情のフラッシュバックの代表例に

「自分の子どもが適切な対応をされているのを見ると嫉妬してしまう」というものがあります。

 

「代表例」と書いたように、これは多くの人に認められる感情であるため、

決しておかしなことでもダメなことでもありません。

 

「トラウマ反応」が厄介だなと思うのは、それが「映像のフラッシュバック」や「過覚醒」など明らかに症状であると認識できる場合よりも、

まるで本当に「今」起きているかのように感じさせる「トラウマ反応」が実は非常に多いことです。

 

「今」起きていると思うので、「トラウマ反応」とは認識できないですし、

「過去のせいだ」と分かったとしても、「今」の自分自身の反応であると感じられることで、

自己嫌悪やがっかり感などを伴ってしまい、癒されなくなってしまいがちです。

 

では、トラウマケアの視点から、「嫉妬」の真意を探っていきたいと思います。

 

反射的な「自分はもっと!」

先ほどの「自分だけ」を見ているの項目で「自分はもっと!」という微妙な嫉妬心について触れました。

 

他者理解ではなく、自己理解の視点でこのような気持ちを理解したいと思います。

 

この「私はもっと!」という微妙な嫉妬心を「トラウマ反応」「かつての自分」と捉えて

今の自分より幼い時代の反応だと信じてみます

 

「子どもがやきもちをやいている」とイメージしたら、

それは可愛らしいものではないでしょうか。

 

「私だけを見てほしい」とささいなことに嫉妬するのは、

非常に子どもらしい正常な反応なのではないかと思います。

 

もっといえば、身近な他者との情緒的な結びつきを強めようとがんばっているとも捉えることができます。

 

その「自分だけを見て欲しい」と叫んでいる部分は、

きっと今の自分自身に誰よりもわかってほしいのではないかと思います。

 

「感情」というのは、「誰よりも自分に分かって欲しい」のだと思います。

「自分が気付く」「自分が受け入れられる」ために他者からの共感や理解が役に立つのであって、

きっと「誰か」ではない「あなた自身」に見つけて欲しいし、そうできると穏やかに満たされるのではないかと思います。

 

「やっと」感じられ始めた自尊心

先ほどの「自分の子どもが愛されていて嫉妬心が湧く」という場合、

今の大人の自分ではなく、かつての「子どもの」自分が出てきているのでしょう。

 

加えて、「自分の子ども」であれば、小さい頃は特に、ある程度は同一視するのが自然でしょうから、

複雑な思いが出てくるのは無理もないことだと思います。

 

忘れずに最も注目したいことは、

「嫉妬心が起きた」ということは「私も大事にされたい」という思いを持てているということで、

「自分はこの子と同じように大事にされるべき存在だった」という自尊心が

大人になる今までにご自身で育まれてきたという証なのかもしれないということです。

 

そして、先ほど「文房具授与の子どもの反応」という例をあげましたが、

子ども時代は、自分勝手に感情的になっていいですし、

理性的な左脳よりも感情的な右脳が優勢ですから、そういう発達段階です。

 

けれど、トラウマ的な環境で育つと、

「子どもらしく感情的になる」ことが許されなかったケースがほとんどです。

 

そのため、「あの子はいいな」「どうして私だけ…」というような嫉妬心は、

感情の中でも批判の的にされやすいために、

余計に感じる自由がなかった可能性が高いです。

 

そうであれば、大人になって「子どもに」嫉妬心を抱いたら、

当にやっと、当時の自分の「なかったことにされた気持ち」が出てこれたのではないかと思います。

 

このようなときは、トラウマ反応かもしれないと思い、ぜひパーツアプローチで、

かつての小さかった自分が「私も構って」と出てきているのだと受け止め、

消そうとせずに、少し時間をとってその内なる子に関心を向けてあげてほしいなと思います。

 

「嫉妬」と「悲しみ」

「悲しい」という感情は、対人関係と関連が深く、さらにいえば「愛着」に繋がります。

 

例えば「大事にしていた人形をなくした」ときの悲しみは、

その人形に対して“物”以上の情を抱いていたからだとイメージできますよね。

 

そのため、過去を振り返ったとき、親など他者に対して「怒り」と「悲しみ」を感じるとしたら、

「心ある優しさがなかった」ことが「トラウマティック」になっていることがあります。

 

物であれ気持ちであれ、「有る」状態から「無い」状態へ移行すれば、「失った」と理解でき、悲しみもその時に感じることができるかもしれません。

 

けれど、「無い」状態しかなかったら

無いことによる心の傷」に気付くのはかなり難しいですよね。

そのため、当時は“何事もないように”解離して過ごし、

大人になってから、その空虚感を感じ、与えてくれなかった大人に対して怒りと悲しみが出てくることがあります。

 

「怒り」と密接に関連した「嫉妬」は、きょうだいや同世代の人たちなど、

自分の身近な人で「自分よりも幸せそうに“見える”」ときに抱くことが多いですよね。

 

少し別の視点から見ると、このときの「怒り」「嫉妬」は、無気力状態から脱し始めた証であることがあります。

 

そして「悲しみ」は「優しさが得られなかった」という痛みであり、

それはご自身の「優しさ」の反映でもあります。

 

他者の優しさや不機嫌さに敏感で、物理的なものよりも情緒的なサポートに支えられる人である場合、

かつて「優しさ」を得られなかったという悲しみは深くなると思います。

 

けれど同時に、誰かとの優しく温かい交流があれば、かなり支えられてエネルギーに変えられるということです。

 

かつての悲しみを抱きかかえつつ、今ある安心できる対人関係を大事にしていくだけでもきっと回復の助けになると思います。

 

 

関連記事『子どもの頃の記憶がない ~解離性健忘に焦点をあてて~』

 

心の飢餓状態

「嫉妬」が教えてくれていることを大雑把に一言でいうなら

「欲しかったor欲しい」事柄を率直に表しているのだと思います。

 

それが「なくても別に大丈夫だけど」という程度であれば、特に問題ないのかもしれません。

 

けれど、例えば「生きるために必要な食べ物がない」というときに「食べるものが欲しい」という切実な欲求であったなら、どうでしょうか。

 

さらに、そのときに「自分だけ」無かったら、与えられている人たちに怒りや憎しみ、嫉妬心を抱いたとしても何もおかしくないですよね。

 

これは、身体だけでなく、心にもあります。

 

生きるためには心にも「愛情」「優しさ」という栄養が必要なんですよね。

 

過剰なまでに「誰かにわかってほしい」と衝動的になったり、頻繁に広い対象に強い不公平感を根深く抱く場合、

「心が飢餓状態」であるであることがあります。

 

このようなときには、まずその反応が「トラウマ由来」であることを意識したいと思います。

 

「今起きている」と思っていると、自分で自分を癒すことができないのですよね…。

 

なので、「今」起きているように感じるけれど、「トラウマ反応」であると信じてみる

 

その上で、「過去の自分を癒そう」と自分が喜びそうなことを少しずつ継続的にしてあげる

心の栄養がだんだんと足りてくるのではないかと思います。

 

「嫉妬心」の受け止め方

これまでも「嫉妬」の持つ「ポジティブな意欲」などを述べていますが、

改めて、ご自身の助けになるような視点と「嫉妬心」の受け止め方について整理したいと思います。

 

まず、嫉妬を感じたその人全体に対する「好き嫌い」とは分けて受け止められるといいかなと思います。

 

「嫉妬は感じたけどその人自身が嫌いなわけではない」という状態は「認知的不協和」なので、

余裕がないと、嫉妬を感じたらその人自体に対する認識もネガティブに振れる傾向があります。

 

同様に、認知的不協和のメカニズムやそれまでの否定的な認知傾向などから、

「嫉妬心」を「悪い感情」と思っていると、

「それを感じた自分はダメな人間だ」という思考傾向になりがちです。

 

けれども、実際はもう少し細分化して、

「嫉妬は感じたけどその人自身が嫌いだとは限らない」

「感情はどれも大事。行動を選べばいい」という状態を持てると

長期的には心に良いと思われます。

 

ポジティブな意味

始めに「意欲や積極性の表れ」と述べましたが、

「嫉妬」を感じる事柄はご自身にとって「本気」で取り組んでいることや、

大事にしていること、欲していることを教えてくれていると思います。

 

加えて、「負けず嫌い」であるとがんばれることがイメージできるように、

「嫉妬」が自分を鼓舞してスキルアップしていける原動力になることが珍しくありません。

 

そういう意味では、大切なエネルギー源です。

 

「嫉妬心は嫌」と思ってしまうと、ご自身の意欲もエネルギーも一緒に否定してしまうことになりかねません。

 

「嫉妬するほど熱中できることがある」としたら、それは素晴らしい財産だと思います。

 

「嫉妬」を感じたら、「本気なのだから仕方ない」と受け入れつつ、

ご自身の熱意への気づきに繋げられると前向きなエネルギーになっていけるのではないかと思います。

 

「ありたい自分像」を持てている

「嫉妬」は「意欲」や「熱意」の表れであることが多いですので、

そう考えると、「こうなりたい」という「自分像」を持てているといえる部分があると思います。

 

また逆に、ご自身の嫉妬心や他者に対する否定的な思いを抱くことを「こんな自分嫌だな」と強く思うとしたら、

「できるだけいつも優しく穏やかにいたい」という「自分らしさ」を持っていることなのだろうと思います。

 

そうだとしたら、「嫉妬する自分が嫌だ」という思考だけでなく、

「自分はいつも穏やかで優しい気持ちを持っていたいのだな」と本来の「自分らしさ」の確認もできると、

不思議と「嫉妬心」が軽減されることがあります。

 

嫉妬心に限らず、何かしらの否定的な感情や思考が訪れたら、

その1つだけに囚われないことが大事なのかもしれません。

 

感情は肯定し行動を選ぶ

「感情に良いも悪いもない」と言われるように、どんな感情も味わえたらベストだと思います。

 

感情というのは行動の原因になります。

 

ただ、トラウマ反応として「感情に乗っ取られて」の行動は選ぶことができていない状態です。

 

また、好ましくないと思っている感情を否認しているときも、行動の選択肢は狭められてしまっています。

 

そのため、「感情は肯定した上で、行動を選ぶ」ために、自己理解が必要になります。

 

それが「トラウマ反応」と気付くことであったり、感情が教えてくれている別の視点を得ることだったり、

今まさにお読みくださっている“知識”が「感情を味わいながら行動の選択権を持つ」ことの助けになるのではないかと思います。

 

 

 

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「軽めに短めにサラっと書こう」と思っていたのに、「嫉妬心」だけでこんなに長くなってしまった(^_^😉

 

今日もお付き合いくださってありがとうございました!

 

日に日に寒さが増して日も短くなっているので、みなさま暖かく温かく心身を大事にされてくださいませ。。

 

では、またのお越しをお待ちしております(*^_^*)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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