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トラウマ

トラウマによる「解離」を理解する ~神経生物学的パーツアプローチの観点から~

2022年9月3日

 

今回は、トラウマ体験をされた場合、

ほとんどのケースで認められる「解離」という状態に焦点を当てたいと思います。

 

「解離」という言葉は専門用語でもあり、難解な印象を与えてしまうことが少なくありません。

 

また、ドラマなどの影響で、いわゆる「多重人格」である「解離性同一性障害」がセットでイメージされてしまうことも少なくなく、

「回復困難なくらい重い」という否定的なメッセージを「解離」という言葉から受け取ってしまう場合もあります。

 

一方で、

「気がついたら夕方になっていた」

「場にそぐわないテンションになることがある」

「知らない間にアザができていた」等といった状態も「解離」の可能性があるということはあまり知られておらず、

気付かないために適切な対処ができないという面もあります。

 

「解離」は、人に正常に備わっている機能であり、

「解離」という状態は他の特性と同じように「程度の差」を持つものであるために、さまざまな形で現れています。

 

そのため、決して、稀な状態ではありません。

 

また、「解離」は、さまざまな学術的観点から議論されており、その解釈は1つではありません。

 

正確には、「解離」に限定されるわけではなく、「トラウマ反応」そのものが歴史的にいつも解明の対象として取り上げられ続けています。

 

今回は、「解離」という状態は、どのようなものであるか触れた上で、

神経生物学的パーツアプローチの観点から理解していきたいと思います。

この記事は『トラウマによる解離からの回復』という著書をベースにし、

読みやすくするために一つ一つに引用を明記はしていませんが、

引用している箇所も多々あります。

 

解離とは

解離とは、「体験・体感の一部を失うこと」といえます。

 

「全ての記憶を失う」ことも解離ですし、「一部の感覚を失う」ことも解離です。

 

「自己観察できる意識の維持の中断」と言い換えることもできるかと思います。

 

「身体や心が分断された感じ」あるいは「強烈な感情に乗っ取られた感じ」と表現されることが多いです。

 

「解離」は、その人の「自分という一体感および連続体の喪失」と捉えることができるかと思います。

 

状態像

「解離」というのは連続体であるために、その程度や症状が非常に多岐に渡ります。

 

「解離性健忘」「解離性同一性障害」といった「記憶がなくなる」「複数の人格がいる」といった重いものから、

 

「一瞬意識が飛ぶ」

「身体感覚が鈍くなる」

「注意力が散漫になる」

「ハイテンションになる」

などの一見は見過ごしてしまうものまで、「解離」である可能性があります。

 

他の疾患との鑑別も必要になってくるほど、「解離」という作用は様々な形で現れます。

精神医学的な従来の「解離症状」というのは上記のような意識や感覚が中断する状態を指しているのが一般的です。

一方で、この後ご説明する「神経生物学的パーツアプローチ」においては、

「体験の断片化」として「解離」を捉えているため、「抑うつ状態」や「重い自己否定感」なども含めて考えられています。

 

神経生物学的な視点

様々な見方、解釈の仕方がある中で、

今回は神経生物学的パーツアプローチの観点から「トラウマ反応」の代表といえる「解離」を理解していきたいと思います。

神経生物学的パーツアプローチでは、「トラウマによる体験の断片化」として「解離」を捉えます。

 

「解離」を生じさせる根本は、出来事に対する記憶から耐えられない感情を切り離し、

「私ではない」と断片化して閉じ込めることだと考えられています。

 

トラウマが「脳」に及ぼす影響

人間の脳は、幼児期は、感情(身体反応)をつかさどっている「右脳」がメインとなり、

遅れて言語(意識)をつかさどる「左脳」が発達します。

 

児童期は、「右脳」と「左脳」が別々に機能し、

20歳ころを目処に「右脳」と「左脳」が連携できるように働く「脳梁」が発達するとされています。

この発達の差によって、自身の体験が「断片化」されると考えられています。

 

神経生物学的観点では、この「右脳」と「左脳」が、幼少期に虐待などによってトラウマの影響をそれぞれで受けると、

「脳梁」が通常より未発達になると報告されています。

そのため、「右脳」と「左脳」が上手に連携できないまま、

それぞれが別々に作動することで、「解離」が説明されています。

 

「左脳と右脳が連携できない状態」というのは、

「理性(左脳)」と「感情(右脳)」が話し合えずにそれぞれが単独で今の自分を操縦しようとする状態を意味します。

 

そしてこの「解離による断片化」は、病理ではなく「適応策」であり、能力であると捉えます。

 

解離の役割

トラウマ的状況を生き延びるとは、

異常な体験と日常生活での課題を抱えながら、何事もないかのように毎日を過ごすことです。

 

生命体の本能として無意識に「生き続ける」と決意していながら、妥協や失望も抱えていかなくてはいけません。

 

あらゆる異常な状況に置かれながら、日常の課題をこなすという負荷はどれほどのものか、

子どもに耐えられることではないことは想像に難くありませんよね。

 

さらに、神経生物学的には、絶望的な状況への対処法は、

その状況とその時の「身体能力」で決定すると説明しています。

 

そこで、「子ども」を代表とする「身体的に弱い」という状況においては、

「解離」することが唯一の解決策になります。

 

「ショックを受け傷ついた自分」や「無力な自分」を、一時的に「自分ではない」と自分を「断片化」することで、対処します。

 

この「適応するための策」である「解離」が担った役割はたくさんあります。

 

矛盾や葛藤の緩和

幼少期の親との体験が「危険と安全」が両方存在していると、葛藤や矛盾を深く抱えてしまいます。

 

「守ってくれる」「攻撃される」という相手が同じというのは、混乱以外の何者でもありません。

 

目の前にある現実をそのまま見てしまえば、絶望して生きていけません。

生きるために、その葛藤や矛盾を緩和しようと自分の体験や感覚を断片化させることで適応します。

 

「矛盾や葛藤」を遠くに置くことで、絶望を和らげ

ふわふわした感覚は場合によってはささやかな希望を感じさせてくれることもあったかもしれません。

 

抱えきれない痛みからの逃避

本来の痛みを感じてしまったら生きていられなくなってしまうとき、

圧倒される出来事から心理的に遠ざかることで、

その状況下において「大丈夫な自分」を保ちます

 

自分に起きていることを「他人事のように」することで、

「悲しむ子ども」を閉まって、「日常を送る自分」を機能させます。

 

「悲しみ」という感情は、幼い頃に他者から承認されるという体験を重ねられないと、

そっと内に閉じ込められ、大人になって悲しむときに当時のことが身体感覚として蘇ってしまって、

その悲しみの雪崩に自分自身が理解できなくなることがあります。

 

「悲しみ」という感情は、そもそも自分の中に閉じこもり、他者と距離を置く性質を持っています。

 

そのため、誰かの助けがなければ生きられない子ども時代には、

解離によって「悲しみ」を断片化することで、人との関わりを維持したと捉えられることがあります。

 

日常を送れる

生命体である人間は、どのような環境に置かれても、成長する方向へ動く能力を備えています。

 

混乱した環境下での葛藤や圧倒される感情を「私ではない」と切り離すことで、

その年齢に応じた課題に取り組むことができます

 

日々、身支度をし、ご飯を食べ、学校に行ったり、友人を作ったり、勉強したり、運動したりetc。。

 

「解離」することで、日常を送ることを可能にした事実が存在すると思います。

 

「解離」の苦しみ

「解離」は「生存戦略であり、能力である」と神経生物学的観点では捉えます。

 

ただ、「断片化」されたままでは、トラウマを喚起する刺激によって活性化され続けてしまい、

「今の自分」を苦しめるものとなります。

 

では、どのような苦しみを生じるか、「今の自分」への影響を考えたいと思います。

 

以下、「断片化された部分」を「パーツ」と記します。

 

「自分の全部」が分からない

「トラウマ関連の部分」は、安定した意識下からは分離されているので「自分の全体」を知ることが難しくなります。

 

分離されているといっても、「全く記憶がない」ということは多くはなく、

「トラウマ関連のパーツ」が自身のハンドルを握っている時の記憶もある場合が多いです。

 

それらは自分でもコントロールできないほどの強烈な感情の雪崩に飲み込まれる感覚であったり、

断片的には覚えているがところどころ覚えていないというような“謎の”記憶の喪失であったりします。

 

「飲み会で皆と元気に盛り上がった」ということがあったかと思えば、

「急に家に引きこもって誰とも会いたくなくなる」など、

自分の一貫性を感じられなくなります

 

「どうして自分はこういう状態になるのだろう」ということが分からないのは、すごく不安で怖いことですよね。。

 

そして、「解離」することが多いと、「自分が自分でないような感覚」がつきまとうため、

騙しているような、他人に合わせてばかりいるような、そんな気持ちを抱くことが多くなります。

 

思考や行動の「極端化」

解離によりかつての感情的体験が断片化されると、

断片化された「トラウマ関連のパーツ」たちも相互に調整しあうことはできません

 

「戦う」「逃げる」に代表される防御反応がそれぞれ独立しています。

 

「どのパーツが1つの身体のハンドルを握るかの奪い合い」

とイメージすると分かりやすいかもしれません。

 

そうなりますと、そのときそのときハンドルを握ったパーツの判断になるので、

必然的に思考や行動が「極端」になる傾向を持ちます。

 

独立して存在するパーツたちが対立したり葛藤したりするため、中間ゾーンがなく、

「敵か味方か」「見て欲しいけれど消えたい」といった極端な思考や行動に大きく揺さぶられてしまうことになりがちです。

 

強烈さ

体験の断片化は、過去と現在が区別できないまま、過去の出来事が“今”起きたかのように反応させます。

そのため、今の状況と照らし合わせると合理的ではない強烈な感情や過剰な自己否定感などになってしまっています。

 

「解離」が持つ苦しみの1つは、ご自身にとって身体感覚や感情というものは、

「得体が知れないもの」「コントロール不可能な衝動」といった「厄介なもの」と感じられることで、

 

「感情を恐れるようなること」といえる場合もあるように感じています。

 

トラウマを抱える人にとって、「感情」とは人生を豊かにしてくれるものではなく、

圧倒される脅威と結びついてしまう“苦しみ”でしかなくなっていることがあります。

 

「強烈な怒りに乗っ取られる感じ」もあれば「慢性的に自分を痛めつける自己否定感」もあり、

その時間的長さや強さはパーツごとにバラバラであると思います。

 

共通するのは、「今の状況では合理的ではない感情や思考」といえるかもしれません。

 

では、次の項目で、トラウマ反応に飲み込まれないために、

断片化された部分に気づき理解することについて整理していきます。

 

「パーツ」を発見していく

神経生物学的パーツアプローチでは、

「構造的解離モデル」を用い、適応策としての「断片化」を理解していきます。

 

「解離」を「自身の断片化」と捉えるならば、自傷行為や暴飲暴食、拒食なども「解離」として説明されます。

 

「構造的解離モデル」では、『日常を送るパーツ』『トラウマ関連のパーツ』に大きく2分します。

 

「日常を送るパーツ」は「自己観察できるパーツ」と言い換えることもできます。

 

その上で、さらに、『トラウマ関連のパーツ』に入る「戦うパーツ」「服従するパーツ」「死にたいパーツ」「逃げるパーツ」などを発見していきます。

ポイント

既に「パーツ」という言葉を使用していますが、

トラウマ反応を「パーツ」あるいは「部分」と呼ぶだけでも、

どれか1つだけと同一化しすぎることを防ぐ効果があります。

それは、トラウマ反応にハイジャックされることを防ぎます。

 

まず『日常を送るパーツ』と『トラウマ関連のパーツ』について整理します。

 

「日常を送るパーツ」

「日常を送るパーツ」は、「左脳」がつかさどる理性的な部分です。

 

どんなに酷い環境であっても、どんなに苦しい精神状態であっても、

今日まで「日常を送ってきたパーツ」に、まず気づきたいと思います。

 

機能不全家庭で育ったのであれば、原家族には正しい見本がなかったにも関わらず、

その中で学びながら、日常を送り続け、ご自身なりの対処法をみつけ、モデルがいない状態をご自身で補完してきたのだと思います。

 

いじめや性犯罪などの被害にあったのであれば、

そのような傷はどう手当てすればいいのか、日常生活との両立はどうしたらいいのか、

誰も教えてくれなかっただけでなく、言葉にすることすらままならなかった中で、今日まで生き抜いたのです。

 

「トラウマ関連のパーツ」

「トラウマ関連のパーツ」は、子どもだった自分の再燃であり、

自分を守るために出てきていると捉えます。

 

「必ず役割がある」と捉え、その役割は何かを共感的に理解することがポイントとなります。

 

次の項目で具体例を挙げながら「トラウマ関連のパーツ」について詳しく整理していきます。

 

「トラウマ関連のパーツ」たちの役割

「トラウマ関連のパーツ」たちの全容は、その人それぞれで異なります

 

まさに「自分を知る」ために、ご自身の中に居る「パーツたち」を見つけて、理解する過程がとても大切になります。

 

例えば、何らかの不適応的行動に対して、「あの時は○○するしかなかったのだ」という理解も無駄ではないでしょう。

けれど、漠然とした理解では気付かれない部分が多く報われないのも事実だと思います。

 

そのため、もっと具体的に「役割」を理解する必要があります。

 

ここでは、ご自身の“パーツ”を発見して理解するヒントになれるように、

代表的な“パーツ”のいくつかを例として上げ、それぞれの“パーツ”の代表的な役割を整理したいと思います。

 

「抑うつ」のパーツ

気持ちが落ち込み、意欲が出ないという「抑うつ状態」は非常につらいものです。

ただ、この「抑うつ」が「トラウマ関連のパーツ」であるならば、役割があるはずだと考えてみます。

 

それは例えば「感情や感覚を鈍くさせることで日々の痛みを感じないようにしている」のかもしれません。

 

あるいは、とにかくなんとか生き延びるためだけに、

他の事柄に費やすエネルギーを制限することで自分を守っているのかもしれません。

 

同様に「無関心」や「無感情」は、「自分が気にしなければいいのだ」とすることで、

失望や寂しさから身を守ってくれたかもしれません。

 

「自分が悪い」パーツ

犯罪被害に遭ったり、機能不全家庭で育ったりした場合、

「自分が悪い」「自分には価値がない」等と重く苦しい自己否定感を抱えるケースはとても多いです。

 

神経生物学的パーツアプローチの観点では、これについても「トラウマ関連のパーツ」として考えます。

 

「自分が悪い」「自分には価値がない」そう思う「パーツ」のおかげで、養育者と敵対せずに済んだかもしれません。

表立って敵対しないように自分を守ってくれたのかもしれません。そのことで、食い止められた被害があったかもしれません。

 

「自分が悪い」と思うことで、この世界に絶望することを防ぎ

生きるエネルギーに変えてくれていたのかもしれません。

 

「戦う(怒り)」パーツ

「怒り」は「闘争か逃走か」で示されるように、生存に直接的に関わります。

「怒り」「恐怖」は、本能的に自分を守るために優先される二大感情であるとされています。

 

「どうしようもない激しい怒りが沸いてくることがある」という場合、

「戦うパーツ」が喚起され「ここで反撃しなくてはやられてしまう」といった強烈な危機に対して

自分を守るために発動したと捉えられることがあります。

 

「凍りつき」パーツ

「身体が固まってしまって何もできなかった」

「不安や恐怖でどうしていいかわからなくなった」

といった体験をされていることは少なくありません。

 

トラウマ反応として、これを「凍りつき」と表現することがあります。

 

人間の脳は極めて高度です。そのことで逆に動物としての生存スキルが見落とされてしまうことがあります。

 

「熊を見たら死んだフリをしろ」というフレーズを聞いたことがあるのではないでしょうか?

 

これは、「死んでいると腐敗している恐れがあるので襲わない」という生き物の本能的な判断に基づいた、

攻撃から身を守るために有効な対処法です。

 

これは理屈ではなく、生き物である人間にも備わっています。

 

「命の危機に瀕したら死んだようにすることが生き延びる最善策」と身体が判断するといわれています。

 

結果として、「凍りついたように固まる」という状態になります。

 

「嫌なら抵抗すればいい」「逃げればいい」などということがいかに非科学的であるかを証明しています。

 

「自己破壊的行動」パーツ

圧倒されてしまう感情が喚起された場合に、

それを麻痺させる対処法として自傷行為や暴食などをすると指摘されています。

 

自傷行為や過食や拒食は「変性意識」をもたらし、心の痛みや強烈な感情を緩和させる作用があります。

 

摂食障害やアルコール依存症、自傷行為などの「自己破壊的行動」のパーツは、

耐え難い感情の軽減の役割を果たし、「自己統制感」をもたらしてくれることもあります。

 

過食や自傷行為は、一般に「恥」として認識されることが多く、

支援者も「不適切な行動」あるいは「助けを求めるSOS」とみなすだけで、

「効果」を見落としてしまうことが多々あります。

 

「ストレス対処」としての機能を持っていると理解すると、

「恥」を感じずに済むようになり、適切な自己理解へと繋がることができます。

 

対処法

「トラウマによる解離」への対処としては、

ここまで述べた「トラウマ反応」を発見して「役割」を理解することまででも充分であります。

 

ただ、これを1人でやるのは簡単ではないこと、長年の生存スキルになっているため、解除には時間がかかるなど、

スムーズにいかなくてもおかしいことではありません。

 

そのため、全てを理解できなくても実行できなくてもいいと思います。

 

ご自身がピンときた箇所や、できそうだと思える対処法など、

一部分でも充分なのではないかと思います。

 

 

この項目で、改めて神経生物学的パーツアプローチの理論と対処法をまとめます。

 

ポイント

・「トラウマティックな出来事の詳細」を思い出す必要はない

・「現在の生きづらさ」から「パーツ」を発見していく

・「過去の反応なのだ」と理解し、「今」と区別する。

 

神経生物学的パーツアプローチでは、自身の思考や行動を“意図的に”選択できる状態を維持できるようになることを目指します。

 

具体的には、「日常を送るパーツ」を力づけ、「トラウマ関連のパーツ」と分けて認識できるようにし、

いつも「日常を送るパーツ」の意識が継続し続けられるようにアプローチします。

 

「解離」により、「日常を送るパーツ」と「トラウマ関連のパーツ」がバラバラに存在していると、

「日常を送るパーツ」は「トラウマ関連のパーツ」をしっかり認識できておらず

遠ざけていたり、無視していたり拒絶していたりする状態にあるとされています。

 

そのため、かつて「自分ではない」と切り離されて放って置かれた「パーツ」に気づき、

その役割を理解し、自分の一部だと受容し、安心させ、「今」に連れてきてあげることを繰り返します。

 

これを何度も繰り返すことで、前頭前皮質が活性化され、右脳と左脳が調整できるようになるとされています。

 

そうすると、「トラウマ関連のパーツ」たちが持っている機能が、

「過去」に居るのではなく、

「今」に適した方法で活躍してくれる能力として発揮されていくようになります。

 

具体的な方法を整理していきます。

 

「パーツ」を理解する

先に述べたように、「断片化されたパーツ」に気づき

その役割を理解することが最も重要な過程になります。

 

断片化されたパーツを見つけ、理解することで、

「トラウマ反応」に飲み込まれることを防ぎ、俯瞰して見られるようになっていくことができます。

 

一般的な事柄で考えたとき、子どもでも大人でも誰かを「信頼」できるためには

「理解してもらえた」と思えることがまず必要であります。

 

そのため、「日常を送るパーツ」が「トラウマ関連のパーツ」に対して共感的理解をもつことなしに、

「今は安全」とだけ伝えても、「トラウマ関連のパーツ」たちからの信頼はなかなか生まれません。

 

「今は安全」と伝え続けることは大事ではありますが、それだけでは足りないのですよね…。

 

先ほどの『トラウマ関連のパーツたちの役割』の項目で述べたような具体的な理解をもてると、

「トラウマ関連のパーツたち」は「今の自分」を信用し、お互いに調整ができるようになっていくとされています。

 

「好奇心」を基盤に

パーツアプローチでは、パーツを理解するとき、

「好奇心を持って」という態度を重視します。

 

「悪いところを探す」あるいは「嫌な部分に向き合う」というような姿勢ではなく、

「どんな部分があるのだろう?」と好奇心によって

「日常を送るパーツ」から「トラウマ関連のパーツ」へアプローチしていきます。

 

「パーツ」が心配していることは?

それぞれの「パーツ」の生存スキルを理解する時に、

 

「何を心配している?」と聞いてあげると

 

他のパーツを脅かすことなく、パーツが答えやすいとしています。

 

例えば、「1人になるとどうしようもない強い不安感に襲われる」としたら、

「1人」という“トリガー”によって、「凍りつくパーツ」が喚起されているのかもしれません。

 

そんなとき「1人になることで、そのパーツは何を心配している?」と優しく聞いてみます。

 

すぐに答えてくれるかは分かりませんが

 

「誰もいなくなってしまったら(子どもである)自分を守ってくれる人がいないから怖い」

「1人でいると大人が襲ってくる」

「大人が居なくなると、何日も帰って来ないから、食事もできなくなる…」

 

等といった理由があるかもしれません。

 

 

他にも

 

過度な自己否定感を手放さない部分があるとしたら、

「自己否定感のパーツは、どんなことを心配してる?」と聞いてみる。。

 

あるいは、新しい試みを拒絶するパーツがいるとして、「失敗することを恐れている」と気づいたとします。

そうしたら次に「失敗することを恐れるパーツ」に「失敗すると、どんなことが心配になる?」と聞いてみる。。。

 

このような「日常を送るパーツ」と「トラウマ関連のパーツ」の「対話」を繰り返すことで、

お互いを理解でき、情報のやり取りができるようになっていきます。

 

「トラウマ関連のパーツ」に伝える

「トラウマ関連のパーツ」が心配して守ってくれていることを理解したことを伝えます

 

心の中でそのパーツに話しかけるようにすることもいいですし、実際に声に出してみるのも有効です。

 

何らかの刺激で喚起される「パーツ」の声を理解し、

「怒りで守ろうとしてくれているのね」等と言語化することは

子どもの様子を見た親が「ぐずってるのね」等と声をかけてくれることと同じ効果をあげると報告されています。

 

「トラウマ関連のパーツ」を今に連れてくる

そして次に、「今の私があなたを守る」

「トラウマ関連のパーツ」が心配している危機に対して「対処できる」と伝えます

 

例えば、「失敗しても怒る人はもういない」「仮に誰かに怒られたとしても私の生活はビクともしないの」と言ってみます。

 

時には、例えば、攻撃されないように警戒し続けるパーツに対して、

「“子どものあなた(パーツ)が”担う必要はもうない。大人の私が引き受ける」

と声をかけることが必要になることもあります。

 

「トラウマ関連のパーツ」は今が見えていない

「トラウマ関連のパーツたちに声をかける」ことが重要になるのは、

神経生物学的観点では、「閉じ込められたままのパーツたち」には、

「今の私」の世界が見えていないのだという主張によります。

 

「解離」によって、「左脳」と「右脳」の情報のやり取りがスムーズでない状態であると、

「トラウマ関連のパーツ」たちは、「トラウマ時に閉じ込められたまま」であると指摘されています。

 

これは他の心理療法においても「凍ったままの記憶」等と表現されているかと思います。

 

「トラウマ関連のパーツ」には、「大人の今の状態」は届いていないと主張しています。

 

これは「重い自己否定感は不合理であると分かっているのに取れない」というケースにもあてはまる理論ではないかと思います。

 

そのため、先ほどの「声かけ」と「対話」が必要になります。

 

加えて、「トラウマ関連のパーツ」たちを「今に連れてきてあげる」というイメージが非常に重要になります。

 

「今の自分が過去の自分に会いに行く」のではなく、

 

「過去の自分(トラウマ関連のパーツ)を今に連れてきてあげる」とイメージするのです。

 

その上で、「パーツ(子ども達)」にしっかりと「自分は大きくなった」と今の自分を見せ、

ちゃんと言葉にして「私が居るから大丈夫」と伝え、「今はこんな家に住んでいるんだよ」と今の景色を見せてあげます。

 

そうすることで「当時に居る(過去を生きる)」状態から「今ここ」を生きる状態へと変化していくことが可能になります。

 

“ハイジャック”を防ぐ

「トラウマ反応」は強烈で、まさに“ハイジャック”されたかのようになってしまいます。

 

そうなりますと、「強烈な怒り」や「奥底にずっと居る自己否定感」などの1つのパーツを「今の自分だ」と認識してしまうことが起きています。

 

この「同一化」を防いで、「“今ここ”からトラウマ反応を眺める」という練習が必要になります。

 

神経生物学的パーツアプローチでは、「自分を統合する」ためには「区別して所有する」ことが重要であるとします。

 

「現在の大人」の自分と「過去の子ども」の自分が、区別されて繋がり、身体感覚として「それはもう終わった」と感じられることの重要性を説いています。

 

これまで無視されたり、嫌われたりしてきた「パーツたち」と「大人の自分」が安定した愛着関係を結ぶことが「統合」であると考えます。

 

どれか1つの「パーツ」だけを「本当の自分」とせず、

これまで「私ではない」と切り離してきた部分を「私のものだ」と手を取ります

 

どのパーツも自分を守るために生存戦略を駆使してくれていたのだと

感謝し歓迎し見捨てないと約束します。

 

今の自分で俯瞰する

「現在の大人」の自分と「過去の子ども」の自分を区別できるように訓練していくことで、

当時の感情に乗っ取られてしまうことを防ぐことができていきます。

 

そのために「マインドフルネス」を繰り返していきます。

 

今の自分の下に、「パーツたち(子ども達)」を招くイメージをし、

「トラウマ関連のパーツたち」を「大人の自分」が俯瞰します。

 

このとき、「腕」を使用するとイメージしやすくなり、効果も上がるとされています。

 

「腕」は、多くのことを一瞬に示します。

 

「手を差し出す」「手を上げる」「殴る」「抱っこする」「抱きしめる」etc。。

 

そのため、この「マインドフルネス」のときも、実際にご自身の腕を広げてみましょう。

 

腕をゆったりと広げ、その中に、「子どもたち」を招きいれるイメージです。

 

1人1人抱き上げていくのも素晴らしいですね。

 

腕の中の子どもたちを、大人の自分が暖かい眼差しで眺めています。

 

繰り返す

これまで述べたように「トラウマ関連のパーツ」たちは、

それぞれが重大な「生存戦略」を担っています

命がかかっていますので、そう簡単には任務を放棄しません。

 

トラウマ関連のパーツにとって「変化」は「脅威」です。

そのため、「変わることに強い抵抗を示す」ことは当然の反応です。

 

この「変化への抵抗」に対しても、共感的理解を示し続けてあげることがとても大切です。

 

その上で、何度も何度も繰り返し、「あなたが居ることを忘れていないよ」と伝え続け、

「大きくなった今の私」と信頼関係を結び、「内なる対話」を繰り返しつづけていくと、

 

 

「日常を送るパーツ」は「日常を送る自己」になると、パーツアプローチでは結ばれています。

 

 

 

 

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神経生物学的パーツアプローチの視点は、「解離」に限定せずとも、広く有用であると感じています。

 

 

ご自身の中で、暖かいつながりを育むことができますように…。

 

 

関連記事「子どもの頃の記憶がない~解離性健忘~」では、今回の観点とは異なる視点から

、解離状態の中でも「解離性健忘」に焦点を当てて解説しています。

こちらの記事は、「構造的解離モデル」を基盤にしてはいません。精神医学的に一般に示される「解離」をベースとしています。

そのため、抑うつなどは解離に含めておりません。

ご興味があればぜひ♪

 

関連記事「感情表現の極端さ」でも今回の記事とは異なる観点から整理しています。

 

 

ご自身に合う視点に出会えるといいなと思います。

 

 

 

 

いつも以上に長くなってしまいましたが、

最後までお読みくださってありがとうございました(*^_^*)

 

今後も心を理解するためのさまざまな学術的観点をご紹介できたらと思っています。

 

またのお越しをお待ちしております♪

 

 

 

 

 

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