今回は、『再演』というトラウマ反応による無意識の行動を取り上げます。
『再演』は、傷を増やし深くしてしまう上に、
自己嫌悪や無力感、周囲の人たちからの信頼の喪失など、
場合によってはもともとのトラウマよりも深い傷になってしまうことがあります。
『再演』を理解することで、新たな傷を防ぐことに繋がる可能性があり、
自分の行動に対する理解が進むことで無力感や自己否定感を和らげることができることがあります。
今回はその『再演』について理解していきたいと思います。
目次
再演とは?
再演は、トラウマとなる出来事を繰り返してしまうことをいいます。
自ら進んで危険な場所や好ましくない関係性に向かっていっているように見えますが、
それこそが「トラウマ反応」であります。
再演は、機能不全家庭に育った場合の親との関係性を、成人後に他者と繰り返すパターンや、
性被害に遭った方が、何度も性被害に遭ってしまったり、自らの性を軽んじるような行動を繰り返すケースなどが代表例です。
例えば、「毒親の元で育つとモラハラ夫をひきあてやすい」と言われるようなケースは、「再演」の1つとも捉えることができます。
無意識の行動
再演のほとんどは無意識で行われています。
なので、本人はそれが「トラウマの繰り返し」である危険な行動であるとは、
そのときは意識できていないことがほとんどです。
そのために、本人も「なんでこんな行動をしてしまうのだろう」と、
自分に対する嫌悪や自己否定感を強めてしまいます。
さらに、ご本人はトラウマとなる傷をさらに負ったにも関わらず、
周囲からは「自分でそうしたんでしょ」と自業自得と思われ、本人も否定できず、
周囲の人からの信頼を失ってさらに孤独になってしまうことも少なくありません。
もっとも大事な点は、再演は「無意識」の行動であるということです。
本人が「理解した上で」「意識的に」取った行動ではないのです。
「無意識」は、気付くことが難しい。
自分で自分を理解できなくなり、
「自分はそういう運命なんだ」と理不尽な状況を受け入れるしかできないこともあります。
「反射的反応」と言えるようなケースも少なくありません。
加害的な人物や危険な場所に対して無意識のアンテナが敏感に感知し、
トラウマ反応として『再演』となることがあります。
ですので、ご本人も深い傷と混乱が続いてしまうことは珍しくないと思います。
そのため、「無意識を意識化する」ことが大切なポイントになります。
「再演だったのだ」と分かっても、そう簡単に心は軽くならないかと思います。
けれど、少なくとも、「再演」を繰り返すということはよほどの傷であること、
自分が“好んで”繰り返したわけではないことを理解してあげることは大切なのだろうと思います。
無意識の内容
再演のメカニズムは複雑で、現在でも学術的には分からないことが多い作用です。
それだけ「トラウマ」というものは人に広く深い影響を与えると言えるのかもしれません。
ここでは、再演を起こす無意識として考えられている代表的なものをあげます。
「大したことはないはず」と思いたくて繰り返す
自分のトラウマ体験を「そんなに傷つくほどのことではないはずだ」と、
自分の傷を軽く思いたくて、同じような体験をしようとします。
それで「ほら、大丈夫だった」と無理やり思い込もうとします。
でも実際は、直視できないほどに深い傷であり、
再演も「大丈夫」ではないのですが、
必死で「トラウマとなった体験」に慣れようとする無意識です。
軽い解離
「自分の傷は大したことないはず」という無意識が強い場合、「再演」以外では「軽い解離」が認められることが多いです。
・ツライことも笑ってor普通に話す
・酷い状況なのに現実感がない
・悲しいはずなのに涙が出ない
・気がついたら時間が経っている
・ボーっとしていて怪我や事故に遭うことが増えた
以上のようなことがあったら、解離症状かもしれません。
軽い解離の対処法はこちらの記事で触れています。
「同じ体験をして打ち勝たなければ」
トラウマを抱えた人の多くは「乗り越えなければ」という意識が強いことが多いです。
そのような気持ちが強いと「苦しい思いをしなければ乗り越えられない」という思考傾向になり、
再演に限らず、苦しい道を選びがちです。
そういった文脈で、再演も、「もう一度同じ体験をして打ち勝とう」という無意識が働いた結果、
何度も被害にあってしまうことがあります。
けれど、「犯罪被害がトラウマになっているので、もう一度犯罪の被害に遭って乗り越えよう」とは意識的には思わないですよね?
「それはあまりにも危険だし、それで乗り越えられることではない」とわかるかと思います。
だからこそ、無意識に気付きたいです。
安定よりも危険なほうが慣れている
虐待や機能不全家庭に育つと、恐怖と不安でいっぱいな状態が通常になります。
そのため、自分が安全で平和な環境にいると、慣れないために、
かえって不安が強くなって落ち着かなくなることが少なくありません。
そして、苦しみは多くても、恐怖や不安があったほうが慣れているために短期的には安心できるから、
危険な環境を選んでしまうということがあります。
「この程度の扱いがふさわしい」
大切にされずにないがしろにされて育つと、「自分を大切にする」ということがわかりません。
先ほどの「危険なほうが慣れている」にも通じますが、
理不尽な扱いをされ傷ついても、「私なんてそんなものだ」と納得してしまっていることがあります。
それゆえに、尊厳をないがしろにされるような相手であっても、関係を切れずにいることがあります。
自分の感覚を信じることができない
『再演』をしてしまうということは、トラウマがあるということです。
トラウマのような深い心の傷がある場合、自己肯定感が持てていないケースが多いです。
「自分が悪い」と思う理由という記事で触れていますが、
例えば「なんか嫌な感じ」と察知したとしても、そんな自分の感覚を信じることができず、
違和感を持っても「人を悪く思ってはいけない」「自分が心配しすぎなのだろう」と相手に合わせがちになり、
ご自分のサインを優先できないことが多く、
結果として『再演』に繋がってしまうということがあります。
加害者側の要因
「再演」は本当に複雑であると思います。
ここまでは「被害者側の無意識」のみでしたが、
このような被害者につけこむ加害者がたくさんいます。
決して忘れてはいけないことは、
被害者側の事情がどうであれ、
犯罪行為は加害者が100%悪いです。
自分自身を理解しながらも、
「つけこまれた自分も悪かった」とは、
どうか思わないでくださいね。。
支配できそうだと見抜く
モラハラなどのDVを行う加害者は、それをできそうな相手を見抜く能力に長けています。
彼らは誰に対しても暴力的なわけではありませんよね。
自分の言うことを聞く支配できる相手かどうかを見抜いて、
始めはさも優しそうに近づいてきます。
トラウマをもつ人のほうから「再演」に向かっていかなくても、
加害者のほうから寄ってくるために、再び被害に遭ってしまうケースは少なくありません。
その場合、被害者の方は、「反射的な身を守る術」が相手に合わせることであり、
結果として「再演」となってしまうことがあります。
身を守るバリアがない
虐待や性被害などの被害に遭うと、「強靭な心身」にはなりにくいです。
精神的には「自尊心」が奪われてしまいますし、
身体的にも直接的な暴力の有無に関わらずストレスによって弱ってしまいます。
これは、「被害による衰弱」によって、自分を守るパワーさえ失われている状態であるといえます。
例えると、健全な人は、「自分は蔑ろにされていい存在ではない(自尊心)」という薄いベールを着て安全に外を歩いているのに、
こちらはノーガードで雨風に直接さらされてる、といったイメージです。
「自分を守る」には、「防御力」が必要です。
「防御力」は跳ね返す力ですから「攻撃性」の一種です。
「攻撃性」はもとをたどれば「体力」です。
機能不全家庭に育ったために心身に充分な体力を備えることができなかったり、
犯罪被害にあって衰弱したことで防御力を失ってしまった状態などにより、
基本的に弱っていて、卑劣な加害者に狙われてしまうことが起きてしまうことがあります。
加害の再演
再演は、自分が被害者になる場面のみに起きるのではなく、
自分が受けた被害を他者に行うことで、
「無力だった自分の主体性を取り戻す」という無意識の働きもあります。
わかりやすい例では、学校で弱い子をいじめている子どもは、
家で親からは殴られているというような場合です。
いじめている子は、家では無力な被害者でしかありませんが、
相手を変えて同じ加害行為を行うことで、主体性を取り戻そうとしていることがあります。
ただ、こちらも無意識ですので、本人は認識できていません。
もし、ご自分が「かつて親にされて嫌だったのに」というような言動を他者に行うことがあったら、
そのことに気づいただけでとても意味があると思います。
その行動は、修正が必要なこともあると思います。
ただ、無意識ではなんとか主体性を取り戻そうと必死に頑張っているのだという部分には、
「当時は傷ついたね」とご自分に理解を持てると、表出される行動の変化にも良いのではないかと思います。
「向き合う」とは、自分の見たくないところも見るということです。
『再演』に限らず、誰でも加害性を持っています。
でも、それは「見たくない自分」の代表だと思います。
なので「嫌だった親と同じことをしてしまった」と気づいたとしたら、
それはとてもしっかりと「向き合って」いる証であり、
「“見たくないことは見ない”と向き合わなかったかつての加害者」とは違うのではないかと思っています。
注意ポイント
ただし、これは加害者を擁護したり理解したりする意図ではありません。
苦しい思いを抱えながら、ご自身の加害性に気づいて向き合っている場合に向けてのメッセージになります。
対処法
『再演』の対処法というのは、正直なところ、「こうするといい」という答えはない、複雑で深い現象であると思います。
けれども、冒頭に述べたように、「再演」はもともとのトラウマよりも場合によっては深い傷になってしまうほど、つらいことであります。
そのため、ここで書ける範囲でできることを考えたいと思います。
気づく
やはりご自身の無意識に気づき、
理解することがとても重要であると思います。
「再演」は特に気づきと理解が何よりも大事であると思います。
無意識の作用は意識化しなければ理解できません。
ましてコントロールできません。
「どうして自分はいつも不幸な選択をしてしまうのか」「なぜ自分はあの時危険性を考えなかったのか…」といったように、
自分の行動を自分で理解できないというのは、
苦しくしんどいですし、自分で自分が信用できなくなります。
なので、「再演」を防ごうとする前に、
そのような行動をした自分を理解したいと思います。
理解できたら、「再演」がすぐに止まらなかったとしても、徐々にコントロールできるようになっていけるかと思います。
取った行動は、自分にとってさらに傷つくことだったかもしれません。
でも、無意識としてはそれなりの理由があったのだと理解できたらと思います。
癒えていない心の傷がある
「再演」が起きたということは、それより前にトラウマティックな体験があり、
その傷が癒えていない現れであると捉えることができると思います。
トラウマケアはさまざまなケースがあり、画一的な対処法はありませんが、
『再演』が起きていることに気づくことができたら、
癒されていない傷を癒していくきっかけにできるかもしれません。
「不機嫌な人ばかり気になって機嫌をとりにいってしまう」としたら、
かつて誰かの不機嫌さに深く傷つき、当時のご自身が癒えないままなのかもしれません。
今のご自身のみならず、かつて傷つきながらも必死で生きようとしたご自身も、これから理解して癒していけたらと思います。
周囲の理解
精神疾患や他の心理作用にも「周囲の理解」は重要です。
その中でも、特に「再演」に関しては、正しい知識が広がるといいなと切に思います。
最初に触れたように、
「いつも同じ被害に遭ってる」「自分から不幸になりにいってる」等と近しい人が捉えてしまうと、
本人の悩みや苦しみが届かなくなってしまいます。
ご本人も簡単には気づけませんから、誰よりも自分で自分を責めてしまっていることが少なくありません。
そのような中でさらに「自業自得」などと他者にされてしまうと、もっと孤独になってしまいます。
もし近しい人や大事な人が、通常は望まないような状況に何度も陥ってしまうようなことがあるなら、
できるなら周囲の人は「再演」などのトラウマ反応を知ってほしいと願っています。
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いつも押してくださる方、本当にありがとうございます!!
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この記事で取り上げた気持ち以外にも、「再演」に繋がることがある心理として「ストックホルム症候群」があります。
「ストックホルム症候群」についての記事はこちらです。
「再演」と深い関わりがありますので、ご興味があればぜひお読みいただけると嬉しいです。
また、「子どもの頃の記憶がない」といった「解離性健忘」についても記事にしています。
「他者の不機嫌さに傷つく心理とは!?」という記事もございます。
こちらもご興味があればぜひ♪
お読みくださって本当にありがとうございました!
またのお越しをお待ちしておりますm(__)m