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トラウマ 感情

「怒り」という感情 ~遅れてきた「怒り」の意味~

2021年12月10日

 

今回は「怒り」という感情を掘り下げたいと思います。

 

このブログを始めてすぐに「“怒り”の感情がもつ3つの役割」という記事を書いていますが、

今回はその記事をより深く詳しくしたものになります。

 

「怒り」という感情を感じる頻度や強さは、その人それぞれの気質や思考などが関係しています。

「怒りっぽい」「イライラしやすい」と表現されるように、

感情の中でも目立ちやすいものですよね。

 

今回の記事では、

「せっかちで怒りっぽい」などのもともとの性格傾向や「生理前にイライラする」等の短期間の反応についてではなく、

 

機能不全家庭で育ったり、いじめや性被害などの犯罪被害に遭うなどの

「不当な扱いをされたときの怒り」に焦点を当てて理解していきたいと思います。

 

そのような深い心の傷を負った場合、

そのことに対する「怒り」は遅れて出てくることが少なくなりません。

 

 

「怒り」などの負の感情は決して悪いものではなく、何かのサインであると考えた上で、

「一般的で広い怒り」について整理し、

その後に「犯罪被害などの深い傷」による「遅れてきた怒り」について深めていきたいと思います。

 

「怒り」とは

本来は「感情」に優劣はなく自由であるはずですが、

ネガティブな感情は苦しいですし、

「人と仲良くしなさい」「人を嫌ってはいけません」「文句を言うな」「感謝しろ」等といった教えによって、

感情の中でも「怒り」は、「好ましくないもの」と認識されていることが少なくありません。

 

怒りを感じている自分を「心がせまい」と思ってしまったり、

「怒ったって仕方ないでしょ」と言われて抑え込むしかなかったり、

「怒り」の意味や扱い方を教わらずに、否定的なニュアンスだけ学習していることがありますよね。

 

確かに、「怒り」という感情はそのまま表に出すとトラブルを生みやすく、

かといってご自身で怒りを抱え続けるということも非常に難しい感情であります。

 

 

そのため、「怒りの防衛機制」の記事で触れたように、

認めがたく抑圧しやすい感情だといえるかと思います。

 

けれども、「怒り」は自分にとってないがしろにしてはいけない大切な感情であります。

特に、犯罪被害や機能不全家庭で育った場合などに受けた「自分に対する不当な扱い」に対しては、

怒らなければ尊厳は取り戻せないと指摘されています。

 

大切なことを知らせてくれる

怒りには大きな役割が隠れています。

その1つは、自分にとってなにが大事なのかを知らせてくれる役割です。

簡単な例でいえば、宝物を踏みつけられて壊されたらほとんどの人は怒りますよね。

 

これは「遅れた怒り」のような深い傷を伴う場合だけでなく、

日常的に、怒りを感じる箇所は「自分が大事にしていることに反する言動に触れたとき」であることが多いです。

 

「自分だったらこうするのに」等と思い、他者がその重さより軽い対応をしたときなどに、「カチンとくる」ということがあります。

 

例えば、「仕事は真面目に懸命にやるべきだ」と思っていると、そうではない他者にイライラすることがあります。

 

こういう場合は、「カチンときた自分」に気づき、

「ああ、自分は“仕事は真面目にやる”という考えを大切に思っているんだな」と自分を理解できると、

それだけで他者に対するイライラが軽減されることがあります。

 

怒りは「二次感情」

怒りは「二次感情」とされ、いろいろな感情の表層になっているといわれています。

 

感情の一番表層に出てくるのが怒り。

だからこの怒りをまずちゃんと取ってあげないと、その下に隠れている感情、悲しみや悔しさなどといった本心にたどり着けないと指摘されています。

 

「怒り」が二次感情として表に出やすい身近な例は、家族に対してだと思います。

家族であると、「心配」「寂しさ」「悲しみ」といった本心である一次感情が「怒り」という二次感情で覆われて、

つい怒ってしまうということがあります。

 

本当は、怒りよりも奥には「分かって欲しい」「寂しい」などの気持ちがあるのだけれど、それが出せずに怒りでガードしているイメージです。

 

自分の尊厳を取り戻すために必要

先ほどの“宝物”に該当する守るべき最も大切なものに「自分の尊厳」があります。

 

「自分の尊厳をないがしろにされた」ことに対する怒りは、怒らなければ取り戻せないとも指摘されています。

 

これは、いじめや性被害に代表される悪質な行為の被害者の方が、

 

「一度ちゃんと被害者にならないと救われない。“自分が悪かったのだ”という思いに留まっていると回復に限界がでる」

 

ということと同じメカニズムであると考えています。

 

「怒り」のエネルギー

「怒り」という感情は、外に向っても内に向っても攻撃性であり、強いエネルギーです。

そのため、生きる上では、糧になることもあれば、潰されてしまうこともある感情です。

 

「怒り」が支えになる

「怒り」は抱えることがしんどい感情です。

けれど、「怒り」というエネルギーで生きることができる期間がある場合があります。

 

その怒りがなければ立っていられないような理不尽な目に遭ったとき、

怒りに燃えることで生きられることがあります。

 

「怒り」につぶれてしまう場合

逆に、怒りを抑圧することが生きるために必要な場合はとても多いです。

後述しますが、怒るためにはある程度の体力気力

「不当である」と認識できる自己意識などが必要です。

 

怒りを感じることが、さらなる消耗と傷つきになってしまい、生きることがままならなくなるような場合には、

怒りを抑圧するのは本能的な自然な防衛だと思います。

 

タイムラグ

「基本的信頼感」の記事でも触れましたが、

トラウマを抱えていたり被害に遭っている最中であったりすると、その場その場で感情を感じることが難しくなっています

感情は、「瞬間的に感じるほど強く短時間で消える

タイムラグを持った場合、その場で感じるよりも程度は弱くなる反面で、感じ方が複雑になりなくなるまで長期間かかる

という特徴があります。「怒り」も同様の傾向を持つと思います。

 

なぜ「遅れる」のか

ここで注目する「不当な扱い」に対する怒りは、受けた心の傷が深いほど、怒りも強くなる傾向があります。

 

ただ、その感じ方や出方は単純でないことが少なくありません。

 

「怒りを感じなかった」あるいは「ずいぶん時間が経ってから怒りが出てきてどうしていいかわからない」といったような

「その場で感じることができにくい」感情でもあります。

 

なぜこのようなタイムラグが起きるのか、

「怒る」ために必要な要因について整理します。

 

体力および攻撃性が必要

「怒り」という感情は、非常にエネルギーが強い感情です。

そのために、外に出すと時に暴力などの破壊的な行動になってしまいます。

内面に抱えていると、自分の活動の原動力になることもありますが、長期間では自分を蝕んでいってしまうほど、

抱えがたい感情です。

 

そのため、「正当な怒り」を適量に感じるというのは非常に難しいことです。

何らかの被害に遭った場合であればなおさらに「その場で」怒りを感じることは困難になると考えられます。

 

その場で感じることができなかった背景には、

「解離」や「防衛反応」である場合や「怒ることを許されない環境であった」などのことが多々あります。

 

ただ、根本的に「怒り」という強いエネルギーを感じるためには「体力」が必要になります。

衰弱し無気力な状態であったり、もともとの性格傾向に攻撃性がほとんどなかった場合には、

自分を守るための「怒り」を持てないことも珍しくありません。

 

「ストックホルム症候群」という心理状態やDV加害者から逃れられないケースには、

このような「衰弱」により、受け入れるしかなかったという体力気力面での影響があります。

 

最低限の自己主張ができる段階が必要

不当な扱いを受けた際に、感じる必要がある「怒り」は、

そもそも「不当である」と認識できる最低限の自己主張ができるベースがないと不可能です。

 

そのため「自分が悪かったんだ」「自分がダメだから」という気持ちが強いと、

「ないがしろにされた」という不当さに気づきにくいため、

怒りよりも無気力や自己否定感が強くなってしまいます。

 

「過中」の心理状態

これまで述べたように、「怒り」を感じるためには実はいくつも条件が必要であります。

その上で、過中にいるときはどのような心理状態であったのかを考えることで、

「怒りが遅れた理由」の理解に繋げていきたいと思います。

 

パニック

体力の問題と同時に、感情が具体的に感じられるには「混乱の解消」が必要になります。

簡単にいうと「パニックがおさまる」という状態です。

出来事の直後は心がパニックでよくわからない状態になるのは、

犯罪被害に限らずけっこう起きやすいことです。

 

そのため、怒りなどの気持ちが具体的に分かるまで時間を待つ必要があります。

 

優先順位

「怒るより身の安全を」等の他に優先すべきことがあると、怒りは意識の後ろに下がります。

「怒り」は、対外的に問題行動として出さなくても、強いエネルギーです。

そのため、ご本人が抱えることができないと無意識に判断すると、

一時的に「自分が悪かったから」等と納得することで怒りを抑圧することが少なくありません。

 

後から怒りに気づいたとき、その場では抑圧するほどの強い怒りのため、

なかなか収まらず「なんであのときに言い返さなかったんだろう!?」と悔しさが倍増して感じられることがあります。

 

それは当然で、その場では抱えられない怒りということは、

それだけ重く深いことであったということなのだと思います。

 

時間の経過によって、だんだんと傷を癒せるようになれ、

怒りを抱えられるようになったからやっと出てこれたといえると思います。

 

「慣れ」の問題

言動に表す場合には、「怒り慣れているかどうか」という「慣れ」は、

「その場で怒りを表明できるか」に大きく影響します。

 

そのため、もともとの性格傾向が穏やかで他者を理解しようとする方向に「慣れ」ていたら、

その場で怒りが出てこなかったり、感じても表明できなかったりすることは、決して悪いことばかりではないのだと思います。

 

「怒れない」ということは、裏返せば「他者と良好な関係性を築ける」ともいえ、

気が長く、穏やかな気質として長所でもあるのだと思います。

 

改めて考えたとき「ちゃんと怒りを表明したい」あるいは「その場では言わなくていい」など、

自分はこれからどうしたいか選択し直そうとできると、

より納得して過ごせるかもしれません。

 

感情の未分化

「怒り」に限らず、「感情」は、急に出来上がるものではなく、

発達と共に育まれ、だんだんと複雑に細分化されていきます。

なので、気持ちに寄り添ってもらえなかった場合、

「自分の感情が自分でもよくわからない」ということになってもおかしくありません。

 

その結果として、明白にできるまで時間を要したということがあります。

 

感情の中でも「怒り」は、「自分の権利を主張する」という意味合いを暗に含んでいますので、

自己否定感が強いと、そもそも「怒れるような存在ではない」と無意識的に思ってしまっていることもあります。

 

感情の未分化

感情は、発達とともに耕されて豊かになっていきます。

ここでは「怒り」という感情を感じられなかったケースに焦点を当てていますが、

「感情が未分化」という場合に、逆の状態を呈する場合があります。

それは、「何でもすぐ怒る」というケースです。

小さな子どもの感情が「快か不快か」しかないことの延長で、

「悲しい・ツライ・悔しい」などの感情の細やかさがうまくわからず、何か少しでも不快になると「不快」しか認識できず、

「怒る」「不機嫌になる」という周囲になんとかしてもらおうというような態度でしか出せないケースがあります。

これは加害的であります。

 

「感情」の認知の難しさ

「なんかモヤモヤするけど…」と思いながらそのままにしてしまい、

気づいたときにはうつ病になっていたなど、

「自分の気持ちを認知して言語化する」というのは、実は高度なスキルなので、

自然に育まれなかった場合は、ゆっくりと自分に気づけるようにしていく必要があります。

 

「怒り」も同じことがいえます。

怒ることが許されていなかったとしたら、まず「怒り」を感じることが簡単ではないでしょう。

さらにそれを「表明」することは、それまでやってきていませんので、直ちにできなくて当然です。

 

自分を守るための「怒り」であっても、その場で感じられず、行動も取れないことは無理もないことがあります。

 

人の思考や行動は「慣れ」の影響を強く受けますので、

「怒り」も同様に慣れていないとうまく出すことはできなくて当然です。

 

「今」の状態

ここまで述べたように、「怒り」を感じるには実はいくつもの段階が必要です。

そうであれば、「過去の出来事に対して怒りを感じている」という「今」は、

いくつもの段階を経たからこそ、感じられることなのかもしれません。

 

そこで、「遅れてきた怒り」から、

「今」はどのような状態であるといえるのか、

「怒り」だけではない全体像を把握したいと思います。

 

当時よりも「安全」で「回復」している

「怒りを感じられるところまで来た」と考えると、

「遅れてきた怒り」が意味していることは、

 

「今は当時よりも安全な場にできており、

当時よりも回復し怒りを抱えられるようになったので、

もう一段回復できる段階にきた」

 

ということの表れだと捉える事ができます。

 

また「怒る」という感情は、行動を伴わなくても強いエネルギーです。

そのエネルギーをもてるほどには、体力気力が回復してきているといえることがあります。

 

自分を取り戻そうとしている

始めに「尊厳を取り戻すために怒りは必要」と述べましたが、

傷が深いほど、強く長く怒りが続く傾向があります。

 

かつては怒っていては生きていけなかったのかもしれません。

その時期を生き延び、さらに進んで、やっと「自分をちゃんと取り戻そう」と意識的にも無意識的にもなり、

ご自身の内面で懸命に自尊心を取り戻そうと戦ってくれているのかもしれません。

 

ポジティブな感情の幅も広がっている

「遅れた怒り」の場合、「怒り」「悲しみ」などの負の感情が感じられるようになったということは、

「嬉しい」「楽しい」「美味しい」などのポジティブな感情も以前より豊かになっていることが多いです。

 

「怒り」は強い波動ですので、目立って感じられるので、どうしても「悪化しているのでは」と不安に思うことがあるかもしれません。

 

ぜひ、ご自身の他の側面にも関心を向けてみてください。

 

「怒り」を感じてしんどい一方で、

「前より身体が軽い」ですとか「食べ物が美味しい」ですとか、

「出かけられるようになった」ですとか、

以前より「嬉しいこと」が増えているかもしれません。

 

対処法

どんな感情も大切です。

特に「怒り」の中でも「遅れた怒り」は、かつてのご自身の叫びでもあり、大切に扱いたいと思います。

 

ただ、そうはいっても苦しい感情であると思います。

「怒りたい」と思うことは稀だと思います。

 

それよりは、「前の怒りが出てきて苦しい」「怒りを軽くしたい」と思うほうが多いのではないかと思います。

 

そのようなとき、どうしたらいいか対処法を考えたいと思います。

 

怒りを感じてる自分を否定しない

これまで述べたように、怒りは自分の尊厳を取り戻すために必要な感情です。

渦中にいるときに感じることができなかった代わりに、

安全になった今自分を癒すために出てこられたと捉えることができることがあります。

 

なので、まず、怒りを感じてる自分を否定しないでほしいなと思います。

 

先ほどの「怒りは二次感情」という心理メカニズムは広く認知されているように思います。

「怒り」を感じたとき、「怒り」だけに注目せず、その奥にある「一次感情」に気づいてあげることはとても大切だと思います。

 

ただ、「一次感情」に考えを巡らせることと同じように、

「怒り」そのものも大事にしてあげたいところです。

 

特に「遅れた怒り」の場合、「一次感情」は複雑で、うまく言語化できないほど混沌とした感情であることが多いです。

その場合、やっと表明できた「怒り」をそのまま取り上げて、「怒る」という過程が大事になることもあります。

 

「遅れた怒り」の場合、その怒りは「二次感情」というより、

「怒りまで辿り着けた」といえるのかもしれません。

 

「怒り」を感じ、認めることそのものに癒しの意味があることは少なくありません。

 

注意ポイント

ただ、これは決して加害者本人といったような特定の誰かに直接怒りを向けたほうがいいというわけではありません。

直接対決しなかったとしても怒りを感じることは意味をもつということです。

 

時間を稼ぐ

「怒り」は、「なくなってほしい」と思っているときにはなくなってくれないものです。

消化するためには、考え方や行動を工夫することももちろん有効です。

 

ただ、一番意識している必要があるのは、

「時間を稼ぐ」という視点を持っていることだと思います。

 

怒りに限らず、感情の消化には「時間」が必要です。

 

感情は自由です。程度が軽いものであれば、思考や行動を工夫したり、時間の経過としても数日経てば薄らいでいるでしょう。

 

けれど、「自分の尊厳を取り戻す」といったような人生に関わる場合、

そう簡単に過ぎ去っていい怒りではないのだろうと思います。

 

しんどいのは、強い怒りを感じる過程が大切だとしても、ご本人はしんどいのですよね。。

怒りがなく過ごせるなら、その方がいい。。

 

それでも怒りがなくならないときに、

「うまく時間を稼いでいこう」と考えてみてほしいと思います。

 

なくなってほしいけどなくならない「怒り」を自分の小脇に抱えながら、

そのまま他のことをしながら、たまに小脇の怒りを取り上げてあげ、またしまって、「だんだん小さくなるかなぁ」といったように、

直接アプローチしようとするだけでなく、居ていいものだと思い、そのまま様子をみてあげられるといいなと思っています。

 

身体や感覚へのアプローチ

心は、それをストレートになんとかしようとしても難しいことが少なくありません。

「怒り」などの強い感情はなおさらです。

 

怒りの存在を認めてあげながら、身体のケアをしていけると負担が少なく、時間も稼ぐことができ、気持ちも和らぎ、とても有効だと思います。

 

マッサージやヨガなど体をほぐしたり、好きな香りを嗅いだり、

ご自身の身体感覚を大事にしてあげることは非常に有効な対処です。

 

何度も話す

また、シンプルに何度も「怒り」を話すことも気持ちの消化を助けます。

同じ話でいいので、安全な場所で安全な相手に

心の内をアウトプットすることを重ねられると、徐々に癒されていけることが多いです。

 

ある程度、「量」が減るまでは、「考え方を変えよう」「怒らないようにしよう」とすると返って行き詰まってしまうことがあります。

 

そのため、まずは「怒りの量」を減らすために、安全な場で何度でも話すことはシンプルですが意味があると思います。

 

 

「怒りまでやっと辿り着いた」としたら、怒りながら同時に、

ここまで来たご自身をたくさん労ってあげたいですね。

 

 

 

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「アンガーマネジメント」と「怒りは二次感情」に関する寝子の見解を記事にしています。

ご興味があればぜひ♪

 

寒くなり、陽も短くなるので、気持ちが晴れないなど心身の不調がでやすいかもしれません。

どうかご無理なさらず、暖かくゆっくり過ごされてください。。

 

「冬季うつ」についての記事もございます!

 

 

最後までお付き合いくださってありがとうございましたm(__)m

 

 

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