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心理雑談

「自己肯定感を高めよう」という圧力 ~自己肯定できなきゃいけないの?~

 

今回は、よく耳にする「自己肯定感」や「ありのまま」に対して私が個人で感じていることと、

心理士になっていろいろなクライエントさんと出会ってから思うようになったことに関して

雑談的に気楽な感じで書こうかなと思います。

 

以前に「自己肯定感とは」という記事で3回に渡って書いており、その記事と主旨は同じではありますが、

今回はどちらかというと「自己肯定感を高めよう」ということをちょっと否定的にみています。

 

なので、「自己肯定感を高めることが自分に合っている」という方は飛ばしてくださいね。

 

これは治療法と同じように「合うか合わないか」ということだと私は捉えていますので、

どちらが良いということではないです。

 

ただ今回は「“ありのままの自分を大切に”“自己肯定感を高めよう”というフレーズが苦しく感じる」という方に向けた記事になります。

 

自己肯定感とは

頻繁に見聞きする「自己肯定感」って本当のところなんなのでしょう?

実は、心理学的にも絶対的な定義づけがないのです。

 

「自分の存在をそのまま認められること」

「自分自身を価値ある存在だと思えること」

「良いところも悪いところも肯定できること」

 

などと言われます。

 

つまり、「自己肯定感」というのは学術的にもぼんやりとしてる感が否めないために、

なんとなく「自分を好きになることなのかな?」となり、

その抽象性に振り回されてしまうことがあるのではないかと感じています。

 

私の解釈は

私自身は、「自己肯定感」を研究対象にしたり興味を持ったりしていなかったため、

この仕事に就くまで突き詰めて考えたことがありませんでした。

 

けれど、医療臨床を重ねる中で、患者さんから「自己肯定感ってなんですか?」「自分に自信がない」等とお悩みをお聞きする中で、

私なりに自己肯定感の定義を考えた結果が、

「自己肯定感とは」という記事にあるように

「自分の感情を肯定できること」という見解になりました。

 

しかし、あくまでも私はですが、「自己肯定感」にメンタルケアで焦点付ける意味はあまり感じていません。

 

「自己肯定感」至上主義の危険性

冒頭に書きました「自己肯定感が持つ抽象性」ゆえに、

「自己肯定感が高ければ全てが解決するよ」みたいな雰囲気を

かもし出してしまっている気がすることがあります。

 

そしてそれは逆に

「自己肯定感を持たないと全てがダメなままだよ」というメッセージになって解釈されてしまうことがあるのだと感じています。

 

そんなことは全くありません。

 

けれど、抽象的な概念は、ときに「白か黒か」「できているかできていないか」という

極端な評価に繋がってしまうのかもしれません。

例えば「頑張る」なども「抽象的」で、

根拠なく「できているかできていないか」の二択になってしまいがちと思います。

 

支援者が使いすぎる

確かに「自己肯定感」はある程度必要であると思います。

「自己肯定感が高いと健康でいられる可能性が高い」とは言えるかもしれません。

そして、「自己肯定感」「自信がない」等のフレーズに共感する方々は多いのです。

 

だから、支援者が不要に使い過ぎる。

 

確かに共感する人は多いかもしれないけれど、そうでなない人もたくさんいるのに。

見極めずに使い過ぎる。

そして「自己肯定感を持って」「自信を持って」と言い続ける。

支援者がこのように多用してしまうのは、誰かの悩みや苦しみに対して、

雑な応答であると自戒をこめて思います。

 

ふと思うのは、「自信がないことが原因」「もっと前向きに」等の返答に傷ついたり不快に感じたりした場合、

そのうちの何割かは「相手の返答の雑さを察して傷ついた」ということもあるのかもしれません。

 

「自己肯定感」が合わない人へ

「自己肯定感を高めよう」「もっと自分に自信を持とう」というフレーズに違和感を覚えていたり、

果てしなく感じてしまったり、時には絶望感にも近い感覚を抱いた人がいらっしゃったら、

 

そのままでいい

 

と思います。いたって普通の感覚であると思います。

そして、自己肯定感が低くても自信がなくても、ダメだなんていうことはないのです。

さらに、今自分が抱えている問題や苦しみが、「自己肯定感を高めましょう」などという抽象的な取り組みで解決はできないでしょう。

だから気にしなくていい。

 

自己肯定感低いですがなにか?

 

と思って歩いていきたいと思います。

 

「自己肯定感」は後からついてくる

そもそも、「自己肯定感」「自分に自信をもつ」という感覚は、私は後からついてくるものだと思っています。

それらを直接的にめがけて取りに行って得られるものではないと思いますし、

「自己肯定感とは?」等と考えていること自体が「自己肯定感がない」というか、本末転倒という印象です。

 

どうすればいいの?

ただ「自己肯定感に注目しても意味がない」というディスリをしたままでは、もっと意味がないかと思いますので、

いわゆる「自分らしい生き方をするには」どうしたらいいか、私なりの見解を最後にまとめます。

 

自分を理解する

とても大事だと思うことは、「自分を理解すること」だと思います。

あるいは「自分をキャッチすること」

「ツライときはツライ」「楽しいときは楽しい」という感覚や、

「成功恐怖」の記事「認知の歪み」の記事になるような、

自分の無意識や思考のクセを知る。

 

それを治すということではなく、まず理解したいと思っています。

 

自分の中にある意識や無意識、気持ちやこれまでの出来事など、

できるだけ1つ1つ拾って整理できたらいいと思います。

 

苦痛をへらす

「苦痛を減らす」ことはメンタルヘルスにとても大事です。

劣悪な環境下に居ながら「自己肯定感を持とう」と思ってもまず不可能です。

 

今の環境を見渡してみて、できるだけ減らせる苦痛や負担は減らせるように考えていきたいと思います。

 

好きな事をする

自分の内面ではなく、外に視点を向けて、少しでも関心のあることや好きな事を大事にする

好きな飲み物でもほっとできるカフェでも、音楽でも本でも何でもいいので、

自分が好きな事柄に触れるようにできるといいなと思っています。

 

 

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最初に書いたように、「自己肯定感を扱うかどうか」というのは、

治療法の1つで「合う合わない」ということだと私は捉えています。心理療法と同じです。

 

認知行動療法や精神分析、対人関係療法、家族療法などなど、さまざまな療法があります。

それらの何かが効果がなかったからといって、

回復が見込めないわけでもなければ、その人の価値が決まるなんてことも全くない

 

ですので、合わないからって策がないわけじゃないし、自分が悪いわけではないし、無理して合わせなくていい。

 

もし「自己肯定感」「自信を持とう」に違和感を覚えたらそのまま大事にできればと思います。

 

 

ということで、今回は、「自己肯定感」「自信を持とう」という風潮に息苦しさを抱えている方々への一方的な応援でした~。

 

 

最後までお読みくださって本当にありがとうございました!!

次回は「認知的不協和」という心理原則を深堀りする予定です!

 

またのお越しをお待ちしております♪

 

 

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