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トラウマ 心理豆知識

ポジティブな感情の否定による心の傷 ~羞恥心を伴う心の傷の深さ~

 

 

誰かに怒られたり非難されたりすることは心を深く傷つけます。

 

一方で、「嬉しい」「楽しい」というポジティブな気持ちを否定されたり嘲笑されたりすることも、

非常に傷つくことであります。

 

今回は、「ポジティブな感情の否定」による心の傷について整理したいと思います。

 

羞恥心

「羞恥心と罪悪感は生まれたときにはない感情」とされています。

後天的に育まれる高度な感情だといえると思います。

 

「羞恥心」と「罪悪感」は、人をコントロールするほどの威力がある感情です。

 

特に「羞恥心」を伴う体験は、

「二度と恥ずかしい思いをしないように」と心に深く刻まれる傾向があるため、

その後の生き方に影響することが少なくありません。

 

羞恥心を抱かせる傷

「羞恥心」は、自分が守りたいことや大事にしていた事柄や感情を侵害されたときに感じます。

 

具体的には「喜びの否定」「嘲笑や見下し」「心身への暴力的な侵入」などです。

 

真面目に取り組んでいたことをバカにされたり、

楽しんでいたことを否定されてしまったり、

精神的な意味も含めた暴力の被害に遭ったりしますと、

受けた側は何も悪くなくても、「恥ずかしい」という気持ちを抱きます

 

それは「自己嫌悪」や「自己否定」にも繋がってしまうことが多々あります。

 

ここでは、羞恥心を伴う傷の中で、

「喜びの否定」や「嘲笑や見下した対応」などの「ポジティブな感情の否定」に焦点を当てて理解していきます。

 

深い傷

先ほど触れたように、「心身への暴力的な介入」は、

たとえ被害者側に恥じることなど何もなくても、とても深い傷となります。

性被害などの場合に被害者側の心の傷が癒しにくくなったり、訴えにくくしている要因の1つに

「恥」を抱えさせてしまうということがあると思います。

これに関しては専門的なケアなどが必要であることや、非常にデリケートな事柄でありますので、この記事では深く言及いたしません。

ただ、「羞恥心」を感じることはおかしくないこと、単純な問題ではないことは間違いないのだろうと思います。

 

かつての何気ないやり取りで傷ついていたかもしれないご自身の大切な感情を取り戻せるきっかけになれば幸いです。

 

「学習」の結果

「自分への厳しさ」「トラウマが奪う人生の選択権」などの記事でも触れていますが、

生きていく中で人は意識的にも無意識的にも「学習」を重ねています。

 

「常に頑張っていないとダメな気がする」「楽をすることはいけないこと」等といった、

広い意味での「ポジティブな感情の否定」がある場合、

それは過去の学習の結果であることがほとんどだと思います。

 

「幸福」は人に喜ばれない

嬉しいときや楽しいときに否定的な反応を子どものころからされていると、

「自分が楽しんだり喜んだりしてはいけない」と思うようになり、

「つらい思いでいないと悪いことをしているような気がしてしまう」という場合があります。

 

「楽しいこと嬉しいことは」のように認識されてしまいます。

 

これは、ほとんどが近くにいた大人の影響といえると思います。

自分が喜んだとき、親は迷惑そうにした。

嬉しかったことを報告したら「調子に乗るな」と怒られた。

真面目に取り組んでいることをバカにされた。

etc。。

 

このような親など大人の不適切な対応による学習の結果として、

ご自分にとってポジティブな感情は「ダメなこと」と思ってしまいます。

 

シャーデンフロイデ

「シャーデンフロイデ」とは、「自分は手を下さずに人の不幸をほくそ笑む」という意味の心理用語です。

心理用語になっているくらいですから、万国共通に「人の不幸は蜜の味」という心理は認められるということなのでしょう。

裏を返せば、「誰かの幸せは自分の不幸せ」かのように感じてしまう心理が普遍的に存在するということです。

そのため、自分のポジティブな気持ちに対して誰かからネガティブな反応をされてしまうことは少なくありません。

ただし、自分が良いと感じたこと考えたことは、ご本人にとって真実です。

本来は他者に評価される筋合いはありません。

けれど、そんな風に強く思えるには体力や自己肯定感が必要で、

子どもの頃から無条件で得られるわけではないのですよね。

歪んだ関わりが多ければ、ご自分の感情が自由に感じられなくなってもおかしいことではないと思います。

 

「好かれなければ」

子どもの頃は、親を代表とする養育者が自分の命を握っています

そのため、命を握っている人に懸命に好かれようとしますし、認められようとがんばります。

 

その相手が少しでも嫌な反応をしたら、自分の生命の危機に値しますから敏感に察知し、

「この人が嫌がることは二度としないようにしないと」

と気をつけるようになることは自然な反応だと思います。

 

その結果として

「楽しそうなことはダメ」

「褒められて喜ぶことは調子に乗ることでよくないこと」

等という思考が強化されていることがあります。

ダブルバインド

機能不全家庭の場合にもっと複雑であるのは、子どもの「ポジティブな感情」を否定しながらも、

だからといってネガティブな気持ちも受け入れないという「ダブルバインド」の状態であることです。

「ダブルバインド」は受けた側を混乱させます

混乱してしまうからこそ、「どうしたらいいのか」

ネガティブなことを考え続ける思考の癖ができるとも捉えることができるかと思います。

 

ポジティブな感情の否定

「先生に褒められた」「今日は楽しいことがあった」と素直に表したとき、

それを「くだらない」「調子にのるな」等と否定されてしまうと、

心は傷つき、「喜んだ自分が恥ずかしい」という羞恥心を伴います

 

ポジティブな気持ちを否定されると、羞恥心を感じてしまうということが特徴です。

 

「喜んだ自分が恥ずかしい」というときに感じる「羞恥心」は、

自分の「一部」というより「自分全体」を否定してしまうことに繋がります。

 

自分が恥ずかしい

「恥ずかしい」という思いは強烈な体験となり、

「二度と恥ずかしい思いをしないように」とその後に影響します。

 

加えて「恥ずかしいことは隠さないといけない」となり、

傷のままになりがちで、癒しにくくなってしまう傾向があります。

 

「こんなことで喜んだ自分が恥ずかしい」と思い、

喜ばないように気をつけるようになることが珍しくありません。

 

あるいは、嬉しいことや楽しいことは「隠れてこっそりやる」となり、

他者と共有することが難しくなることもあります。

 

重要な点は「ポジティブな感情を堪能することは悪いこと」という意識を持たせてしまうところです。

 

また傷つくことの恐怖

『成功恐怖』にも繋がることがありますが、

「恥」が刻まれた心の傷は、意識している以上に深いことが少なくありません。

 

そのため、自分が嬉しくなれる状況や幸せな環境になると

「良いことが起きるともっと悪いことが起きる気がする」

という気持ちになって、

「喜ばないように」とあえて幸福から逃げてしまうこともあります。

 

この場合、かつて「喜んだことを否定されて傷ついた」という体験により、

「二度と傷つかないように」という無意識の結果「喜ばなければ傷つくこともなかった」と自分のせいにして、

ポジティブな状況から離れようとする心理によることである場合があります。

 

「傷ついた原因」は、それを否定されてしまったことであります。

けれど、その傷が深ければ「なんとか防ごう」と試みることは当然です。

その結果として、努力できるのは自分しかありませんので、

「自分が喜ばなければ」「誰かに嬉しそうに報告しなければ傷つかない」となり、

ポジティブな気持ちを抑え込んでしまうことが少なくありません。

 

「侮蔑」の罪深さ

ポジティブな感情として「期待」「希望」など前向きな気持ちもあげられます。

「期待」や「希望」が叶わなかったときにも傷つきが生じます。

ただ、「羞恥心」という感情を伴うときには、

「侮辱」や「見下し」などの対応がなされてしまった場合に多く生じます。

「楽しみや希望を持ちながら前向きに生きる」ということはエネルギーを要しますし、

それが叶わなかったときに傷つきます。

ですので、決して楽なことでも簡単なことでもないのだろうと思います。

加えて、そういったポジティブな気持ちや意志をバカにするようなことは許しがたいことであり、

そのようなことがあれば「羞恥心」を伴って傷の深さもより深くなってしまいます。

 

対処法

「羞恥心」という感情は、その特殊性のため、感情の中でも直視することがしんどいものです。

「大勢の人前で罵倒された」などという場合も、傷ついたことは分かっても、

それを言葉にして話せるまでに時間を要することが珍しくありません。

「いじめ」の場合も、被害者側に「恥ずかしい」という気持ちを抱かせてしまうため、

そう簡単に助けを求められない一因となっています。

 

それほどに「恥」という気持ちは心に深く侵入してしまうものです。

 

なので、より丁寧に、無理をせずに、優しく扱っていってあげる必要があるのだろうと思います。

 

言葉にすることや振り返ることがしんどいことはおかしいことではありません。

何もかも直視しなければいけないわけではありません。

 

ただ、一般論として知ることで、

「楽しいとなんだか悪い気がしていた」と気づくことができたり、

「嬉しそうにできないのには理由があったのかも。もっと楽しんでもいいのかもしれない」

というようなお気持ちに少しでもなっていけたりするなど、

 

過去からの「呪縛」があるのであれば解いていけるといいのかなと思います。

 

怒る

先に述べたように、「羞恥心を伴う心の傷」というのは程度の差があり、

そう簡単に言葉にできないことも多々あると思います。

 

そのような場合には無理して振り返ることはないと思います。

 

ただ例えば、

「小学校のとき褒められたことを親に報告したら怒られた」

「すごく楽しんでやっていた遊びを否定されたことがある」などの記憶があって、

どこか喜びや楽しみを全面的に良しと思えないところがあったら、

かつての対応に今から怒ることが必要であることがあります。

 

「怒り」は自尊心を取り戻すために必要な感情です。

 

張本人に直接怒れといっているわけではなく、

安全な場で

「あれは嫌だった」と「ポジティブな感情を侵害されて傷ついた。そうされたことは不快だった」と

自分のために怒ってあげることがあってもいいのだろうと思います。

 

その怒りの消化と共に、悲しみや悔しさなどが出てこれたら、

きっと喜びや楽しさといったポジティブな感情も以前より感じられるようになることが少なくありません。

 

ただ、怒りに限らず、感情の吐露は「安全な場」でないとまた傷ついてしまうことがありますので、

信頼できる人や場所、ツールを選んで、表に出してあげられたらいいなと思います。

 

 

感情に「今さら」なんてことはないと思っています。

 

「今だから」取り戻していける感情や意志があると思います。

 

自分を理解する

「恥」という感情は無意識に刺さってしまうものです。

そしてそう容易に直視できないデリケートさを含んでいます。

そのため、「気がついたらポジティブな感情に罪悪感を抱くようになっていた」というような状態になっていることが多いです。

 

「甘えてはいけない」「楽をしてはいけない」なども含めて、

今一度、「それは誰が言っているの?」と優しく問い直し、

過去の学習だとしたらそう理解するだけで良い方向へ向かっていけるのではないかと思います。

 

選択する

ご自身が持っている「価値観」というものは、

もしかしたら自分で選んだものではないかもしれません。

同じ価値観をこの先も持っていくとしても、もう一度、

「選ぼう」と意識してみることで見えてくる景色があるかもしれません。

 

「楽をしたほうがいい」「怠けた方がいい」という主旨ではありません。

 

ご自分にとって、「何が合っているのか」を見つけていけたらと思います。

 

ポジティブな感情に注目する

感情に良い悪いはありません。

 

まして、「嬉しい」「楽しい」などのポジティブな感情は、

自分を幸せにしてくれる素晴らしいものです。

 

「しんどい」「不快」「怒り」などのネガティブな感情も大切です。

 

ただ、ポジティブな感情は苦しい経験が多い人ほど目立たないですし、

生命の危機を感じさせないため、すぐに終わってしまう儚いものでもあります。

 

だからこそ、意識して大事にしていきたい感情です。

 

嬉しくなったり楽しくなれたり、明るい気持ちになれたりしたら、ぜひ注目してあげてください。

かつて否定されてしまったかもしれません。でもそれは、否定した側が間違っていただけで、

「自分はそれでよかったのだ」と、

自信をもっていいのだと思います。

 

喜んだり楽しんだりすることに引け目を感じることはありません。

 

もし、嬉しい気持ちに水を差されるような関係性があったら、

できるだけその人とは距離をとれるといいと思います。

 

もし、過去の影響によって、ポジティブな感情を抑制する傾向があったら、

そのことに気づき、そうなったご自身を理解できたら、和らいでいけるのではないかと思います。

 

 

私たち支援者は気をつけないといけないと思うのが、「悪いときばかり注目する」という視点です。

「どうして悪くなったの?」「イライラした原因はなに?」と聞きがちです。

これはもちろん必要です。

ただ、「悪くなったとき」「ネガティブな感情」だけに注目するのではなく、

「良くなったとき」「嬉しくなったとき」に

何があったのか何を嬉しい楽しいと感じたのかという視点も、

同じくらい重視していきたいことです。

 

 

さきほど触れたように、ポジティブな感情は良い方向へ導いてもくれますし、

ご自身を幸せにしてくれる素晴らしいものですが、儚いのですよね。。

 

ネガティブな感情よりも、気づきにくいこともあります。

 

最初は弱く儚く去ってしまっても、注目して大事にしていくうちに、

ポジティブな感情が確固とした基盤へと変化していってくれると思います。

 

 

 

「ポジティブな感情の否定」には、「耐えることこそ美徳」としていたかつての文化的背景も影響していると思います。

そのため、個人の経験の範囲のみならず、どうしても苦しい方向へ強化されてしまったところがあるのだろうと思っています。

 

けれど、本来は、喜びや楽しさなどはたくさん感じたいことですよね。

少しずつ嬉しいことや楽しいことを増やしていけたら良いなと思っています。

 

 

 

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この記事に関連する内容として

「トラウマが奪う人生の選択権」

「成功恐怖」

「自分への厳しさ」

などの記事もございますので、ご興味があればぜひ!

 

 

 

今回も最後までお付き合いくださってありがとうございましたm(__)m

 

またのお越しをお待ちしております♪

 

 

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