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性被害サバイバーの1事例

ある性被害サバイバーの話⑨ ~無症状から発症へ~

2021年3月17日

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同じ中学の人が同級生だけでなく先輩にもいない高校へ進学し、

「やり直せる」というような明るい気持ちを持っていました。

回想 : 極めて平和な高校時代

高校時代は極めて平和で楽しかったです。

ただ、2回目の被害に遭った夏になると「あれから○年」と数えていました。

また、1回目の被害で「連れて行かれた場所はどこだったんだろう?」

と、ときどき探すようになります。

豆知識

被害に遭った時期に体調や気分に変化がでることを、

『アニバーサリー・シンドローム』

『記念日反応』

といいます。

 

うちの家庭は、後から知るに、どうやら平均以上の年収があったようですが、

「家族背景」で書いたように、

父親は自分のギャンブルにお金をつぎ込みたい人だったので、子どもには最低限しかお金をかけない家でした。

それで高校1年のころからバイトを始めます。

でもそうすると疲れてしまって、学校をこっそり休んで、

時間まで外をウロウロしていることが多々ありました。

 

解説:しのびよる不眠症

後の発症で、平和だった高校時代の友人たちとは全て縁が切れてしまいます。

また、高校2年くらいから眠れない日が出始めて、

この「不眠症」が1つの発症のスタートだったのだと後に思います。

 

また、高校生くらいから、幼少期から不思議に思っていた自分の特徴に気がついていきます。

私は、小学生のころから放課後に友達と遊ぶことに気が進まなかった。

「どうしてみんなあんなに遊べるんだろう?」と自分がおかしいのかと思っていました。

でも、おかしいというより、生まれつき体力がないのだと理解します。

そして、病気を発症して以降は、衰弱しますからもっと体力がなくなります。

そのことに家族の理解がなく、ずいぶんと悔しい思いを重ねていきます。

 

人は、自分が生まれつき備えた恵まれた特性を持っていると、

それを持たない人の状況は、よっぽどでないかぎり理解できないと思います。

私は、自分が体力がないことや不器用なこと、精神疾患のことなどを理解してもらえずに責められて傷つきますが、

私も、他の誰かの不得意さや不自由さを理解できずに、知らず知らず傷つけてしまっていることがあるのだと思います。

 

決して「お互いさま」なんていうことが言いたいわけではなく、

この世はそうできてるんだなというか、わかりあえないというレベルをこえた、

違う次元にいる者同士が共存してしまうのが人間社会なんだなという感じです…。

 

回想 : 大学進学後から本格的な発症

うちの家は教育一家で、「大学進学は当たり前」でした。

それもそこそこ名の知れた大学に入らなければいけないという教育でしたので私もそうせねばと思い込んでいました。

そして必死に勉強し、大学に進学しました。

そして、大学1年のころからじわじわと症状が出始めます。

 

解説:満を持しての発症!?

「PTSDは本人が乗り越えられる時期がきたら発症する」という一説がありますが、

厳密な真偽はさておき、確かにそういう面はあるのかなと実体験からは思います。

今振り返ると、私は大学進学までで力尽きたというか、

「中学と高校で崩れてはいけない!」という無意識が強く働いていたと思っています。

当時は「崩れてはいけない」と思っていたなんて全く気づいていませんでした。

だから、大学に入ってからの急激な悪化にしばらくの間、理解ができず混乱した心理状態が続きました。

ただ、無意識ってあるんです。そしてほとんどの場合、自分を助ける方向で作用してくれているんじゃないかと思います。

ただし、フロイトの言うとおり、無意識を無意識のままにするのではなく、「無意識の意識化」が回復に必要だと確信しています。

 

ひとこと

一般的なストレス反応と回復を考えたとき、ストレスフルな出来事に出会ってから早くにストレス反応が起きたときは、

衝撃が強烈で、痛みが強く、けれども比較的短期間で回復していく傾向があると思います。

一方、時間が経ってから表面化した場合は、直後に表面化するよりも強烈さは薄れるけれど複雑になってしまい、

鈍痛がいつまでも続いて回復に時間がかかる傾向にあると思います。

 

回想:ジワジワと症状が表面化

大学1年ころから

・大学に行けなくなる

・朝まで眠れない日が定期的に訪れるようになる

・フラッシュバックが頻発するようになる

・体調の具合がよめずに、友人との約束をドタキャンする

こんな感じになっていきます。

そして、自分で調べて「どうもPTSDという病気らしい」と知り、

カウンセリングを受けたいと思いますが、当時はまだまだ普及していなかったことと、料金が高かったことで諦めます。

当時は、ネットが普及し始めたころでした。

今のようなSNSはなかったので、パソコンにかじりついてネットで一生懸命いろいろ調べたり、

被害者の方が集まるサイトの掲示板で交流したり、無料のメール相談をやってみたりし始めます。

 

解説 : 混乱

大学を休んでしまうようになり、

自分でもどうして行けないのかわかりませんでした。

1つには不眠症が原因で、

「朝まで眠れないのでやっと寝付いたころに起きる時間になっており起きられない」

ことでしたが、当時は「気合で起きれるし行けるはずだ」と思っており、

どうしても動かない体が理解できず、家族からも責められ、

「また行けなかった・・・・」とすごく嫌な気持ちで過ごす日々でした。

 

自分も家族も「怠け」と思っているのですから、

当然ながら治療に繋がることはなく、放置して悪化していきます。

ネットや本で、「PTSDかも」と思っていても、

基礎の知識はありませんし、

何より「自分で自分を適切にアセスメントする」

ということは極めて難しいことなので、

自分で自分を誤解していたことがあっても仕方がないです。

だからこそ、頼れる人や機関と繋がっておくことはとても重要ですね。

 

本当に、「じわじわと崩れていって、気がついたら泥の底にまで落ちていた」というような感じで、

この後、どんどん悪化していきます。

 

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