睡眠時間を削って勉強し、絶対の自信を持って受けた大学院の秋受験に落ち、
同時に事故に遭い、怪我をしたことで仕事も解雇になり、
生活が急に「多忙」から「何もない」日々に変わりました。
目次
回想:浪人2年目、退職後
私は秋受験に落ち、退職後、一気にうつ状態になります。
しかし、春受験するのであれば勉強を再開しなければいけません。
大学院は、大学によりますが、秋受験(9月ころ)と春受験(2月ころ)の年2回行われることが多いです。
でも、そんな意欲が出なくて悶々とした日々を過ごします。
うつ状態だったため、またフルタイムの派遣社員は難しいと思い、
でも生活費のために働かないとということで、再び、週2日勤務の派遣を始めました。
解説:回復過程ではいろいろな働き方を
うつ状態というのは、難しいですね…。
「休みましょう」ということしか言えないのですが、経済的な問題や、葛藤など、苦しい状態だと思います。
フルタイムにこだわない
ただ、このときに無理にフルタイムの仕事に就かなかったことは良かったと思います。
そんな気力体力がなかったですが、重い精神疾患からの回復過程では、
フルタイムで働いてみたり、勤務日数を減らしてみたり、そんなことを繰り返すことは必要だし、
「どういう勤務形態が自分に合っているのか」を知るためにも意味のあることだと思います。
気をつけたいのは、自分の具合に関わらず、フルタイムに固執してしまうことや、
フルタイムで働けなくなりパートタイムになったときに「悪化だ」と否定的に捉えることはあまり良くないかなと思います。
心身の脆弱性
私の臨床経験上の偏った見方かもしれませんが、正直なところ、虐待など劣悪な環境下はもちろんのこと、
幼少期から苦しみを抱えている場合、フルタイム勤務は極めて厳しいことが多いのではないかと思っています。
「幼少期から」と時期を明示したのは、心身が育ち切る以前に心の傷を負うと、成長に影響が出ることは少なくないと思います。
「発達性トラウマ」「複雑性PTSD」と学術的にも研究が進んでいるように、
幼児期の環境が成人後に影響を及ぼす可能性は極めて高いですよね。
なので、頑丈な大人にはなっていないことがほとんどなのではないと思います。
健康な状態を知らないので気がつきにくいという点で、「幼少期の被害」としましたが、
健全に育った場合で、成人期に被害に遭った場合も、その後の人生がまるで変わってしまうことはいうまでもありません。
「元気な自分を知っている」からこその苦しみや、そこへ戻そうと自分を酷使してしまうなど、
折り合いの付け方は簡単なことではないと思います。。
そして、やはり元に戻ることは難しく、心身は以前のような頑丈さはなくなってしまうことが多いですよね。。
フルタイムでないと経済的に厳しい場合は、障害年金を検討するなど、
それぞれに合った働き方ができるといいなと本当に思います。
精神科に通院している場合に利用できる福祉サービスとして、
・障害者手帳
・自立支援
・障害年金
があります。
どれも医師の診断と通院歴が必要ですが、通院による受診料金の負担額の軽減や、
バスや電車などの公共サービス料金の割引など、経済的な負担を軽くすることができます。
関心がある方は、主治医に問い合わせるなどしてみてください。
それぞれ受給するには条件がありますが、精神科医療は長くかかりますので、利用できる福祉サービスは知っておいて損はないかと。
回想:断薬後、初めての多量服薬
季節は冬にむかっていて、余計に心も暗くなり、
年明けの大学院受験をするかどうかも決められず、
週に2日はなんとか働きに行くものの、週5日はただ沈んだ気持ちで過ごしました。
「勉強しなきゃいけないのにできない…」という焦燥感も強かったです。
そんなとき、カウンセラー事務所でアルバイトスタッフの募集を見つけます。
カウンセラーになりたくてなりたくて仕方がなかった私は喜び勇んで応募し、面接を受けます。
しかし、そこは怪しい資格商法の事務所で、ものすごくがっかりしてしまします。
そして溜めてあった向精神薬を、薬を止めて以来、初めてまた多量服薬します。
解説:回復し始めのころはとても不安定
冷静に考えると、そんなに大したことのない出来事に、
過剰に喜んだり、過剰に落ち込んだりするのは、
心が弱っているときの症状のようなものだと思います。まさに綱渡り状態…。
「良くなりたい」気持ちが「藁」をつかんでしまうことも
うつ状態にもいろいろな段階やパターンがあると思います。
この時期の私は、
「軽躁状態からうつ転しながらも、目前に受験はあるし、なんとか元気になりたいと思っている」パターン。
こういうときのほうが、さらに傷つくことをしてしまったり、だまされたりする危険性が高くなる気がします。
大学のころの「重度のうつ」だと、希望もなにもなく動けない感じなのですが、
「少し動ける」くらいの中途半端なうつ状態、
一般的にいうと「回復し始めたころ」のうつ状態の方が危険な面があります。
よく「行動に移せてしまう」と言われる通り、自分を傷つけようとしてしまったり、
「良くなりたい」と思う気持ちに状態がついてこないと焦ってしまい、文字通り「藁をつかもうとしてしまう」ことがあります。
悲しいことに、藁は藁 なんですよね…。
もちろん、「藁じゃなくてしっかりとした救いの手だった」ということもあると思います。
ただ、どちらにしても、一気に状態が好転することなどないということは忘れないでおきたいです。
弱っていると、漬け込んでくる人もいますのでご注意を…。
断薬後、再びの多量服薬は回復過程
向精神薬依存を抜けて断薬してから初めてのODは、
「それだけつらかったのだ」と受け止めています。
依存症自体も、その後に再び行ってしまうことも、
回復過程なのだと思います。
このときは、1度のみで連日はしなかったです。
ただ、溜めていた向精神薬剤をお守りのように決して捨てずにずっと持っています(今も)。
豆知識
ものすごい余談ですが、「何もかも捨てられない」ということではなく、
なにか「特定の物を使わなくなっても捨てられない」場合、
その人の人生においてその物が「生き方」に関わったほどに大事であったということがあります。
それは本かもしれないし、好きな歌手のCDであったり、洋服であるかもしれません。
「今は使わないけれどこれらだけは捨てられない物」があったら、
「自分を一時期でも助けてくれたor生きがいになってくれた」からかもしれません。
だとしたら、今は使わなくても捨てずに持っていてもいいかもしれません。
私の場合の薬は、捨ててしまったほうが依存症への対処としては適切だと思います。
でも、引き出しの奥底にしまって、それが少しでも不安を和らげるなら、
捨てられない何かがあってもいいのではないかと思います。
また私の場合は、薬をとっておくことで、
当時の一番苦しかったときの自分を「忘れない」ことの証にしていたような気がします。
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ツイッターのバズリの影響が下火になってからも読んでくださる方、
本当にありがとうございます!励みになります!!
冬も深まる中で、年明けの大学院受験をどうするのか、合格するしない以前に、受けるのか受けないのか悩みます…。
続きは後日。。
次回は、エピソードの続きではなく、被害者の方が多く抱える「自分が悪かったから」という
被害に対する自責感について取り上げています。
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