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性被害サバイバーの1事例 日記

ある性被害サバイバーの話41 ~【後日談①】味覚の変化~

2021年8月16日

 

今回はエピソードの続きではなく、

症状以外の特性で、月日の経過による回復によって変化があった特徴についてのお話です。

 

あくまでも私の場合ですので、学術的な裏づけはありません。

 

ただ、「思ってもみなかったことが症状や後遺症だった」ということは意外とあるのかもしれません。

 

今回は、私の「食」に関する話しになります。

軽めに進めたいと思います!

 

味覚が鈍かった

私はずっと「自分はグルメじゃないんだ」と自覚するほど、

物の味の差がよくわからなかったのです。

 

「味覚障害」では決してなく、ちゃんと味はしますし、「美味しい」「不味い」もそれなりに分かります。

でも、例えば、スーパーの安売りのお寿司と、高いカウンターのお寿司屋さんのお寿司との違いがわからないなど、

同じ種類の差がわからないといった感じでした。

 

もともと胃腸が弱かったこともあり、

食べることを思い切り楽しめる体質ではなかったことも影響したのかもしれません。

 

嫌いな食べ物も少なかったですが、好きな食べ物も特になく、「なんでもいい」という感じでした。

 

誰かと一緒に食べる苦痛

よく「食事は何を食べるかではなくて、誰と食べるかが大事。それによって美味しさが変わる」と聞きますが、私は

 

1人がサイコー!!!

 

でした。

 

家族も含め、誰かと一緒に食事をするなんて、味なんてしやしないし、食べた気がしなかった。

だから、食事は1人ですることが一番好きでした。

胃腸が弱かったこともあって、それなりにホッとできる状態でないと食事が喉を通らなかったこともあります。

 

誰かと食べる高級な食事より、コンビニ弁当だろうと1人で食べる食事の方が何より美味しく感じました。

「1人で食べられるならそれだけでストレスフリー!」みたいな。

 

気がついたときにはそうであったので、私にはそれが普通で、

「食べ物の味がよくわからないんだな、自分は」と気づきながら、あまり深く考えることはありませんでした。

 

私は、趣味もなく、物の味もよくわからないために食べ物にも興味がありませんでした。

 

食べたい物も行きたい場所もやってみたいことも特にありませんでした。

 

「意欲がなかった」という見方をすれば、

被害によって衰弱していた慢性的にうつ状態だったとも捉えられるのかもしれません。

 

でも、心の底から本当に意欲を失うと生きることは極めてしんどくなりますよね。

 

そういう意味でも「臨床心理士になる」と思うことが、その時生きていける微かなパワーになり続けてくれたのでしょう。

 

「臨床心理士になる」と聞くと、すごく意欲的で自分に関心が向いている印象ですが、

「こぼれ話」の記事で、「自分に向き合っていなかった」と書いたとおり、自分に関心はなかったですね。

「自分に向き合っている」と錯覚し、なにもかもを「臨床心理士になる」で済ませていただけで、

自分の気持ちや特性にはあまり興味はなかったです。

 

ブログやツイッターで書いていることは、自分と向き合った結果ではなく、

今までの臨床経験でクライエントさん達から得られたことなのです。

(「ある性被害サバイバーの話」も気づいていたというより、書きながら心理分析しているという「今」の作業ですw)

 

いろいろなタイプの方がいらっしゃいますが、少なくとも私は、自分のケースだけ考えていたら、今のように言語化できるほど理解はできなかったとつくづく思います。

 

目の前に患者さんがいて、その人の苦しみを聞き、「どうしたらいいのだろう?」「そのように思うのはなぜだろう?」と必死に日々考え続けて、

少しだけ近づくことができるようになったかもしれないのであって、「自分のことを見てなかったなぁ」と最近特に感じます。

 

なので、発信者の方で、うつ病の経験者の方など、ご自身のご経験を発信して、その内容が的を得たもので、

同じ病の人の助けになっている方々を拝見すると、本当にすごいなと尊敬しています。

 

回復後

あまり味が分からず、食に興味が薄かったのですが、

病気ではなくなり、不眠や神経質さなどはそのままではあるものの、日常生活には支障がない程度には回復し、臨床心理士になって数年たった頃、

 

「あれが食べたい」「この前のお店の食事は美味しくなかったな」等と言っていて、

物の味が細かく分かるようになったこと、

「食べたい」と思う物が自然に浮かぶようになっていることに気づきました。

 

これに気づいたときは、感動しました。

 

変化があるとは全く思っていなかった部分だったこと、

「物の味がよく分かる!」という単純な味への感動、

「今日は○○が食べたいな」と思えることに、

失っていたことさえ気づかなかったことを取り戻せたような、

自分の意図しなかった幅が広がったような、そんな喜びを感じました。

 

 

なぜ、私は30過ぎまで物の味がわからなかったのか、なぜ分かるようになったのか、

解釈はいろいろ可能ですが、証明できないことだと思います。

 

 

ただ、精神医学や臨床心理学で既に明らかにされているようなことばかりではない変化が起きることは珍しくないのかもしれませんね。

 

 

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今日は、回復後の変化まで飛んでしまいましたが、たまにはサラっと軽い内容を書きたいなと思ってネタを考えているんですが、

あまり「サラっと簡単に」書けるテーマが思い浮かばないのは、

私の性格の問題なのか、そもそも扱うテーマが軽くはないからなのか、分かりませんが笑、

今後もいろいろ書いていけたらと思っています。

 

 

ツイッターで流さないブログの記事を読んでくださっているそこのあなた様!!

本当にありがとうございます!

 

私のブログは、ツイッターで流した記事と流さない記事とではPV数が全く違います。

ツイッターで宣伝しないとほとんど読まれないという現状ですが、それでも、この記事を読んでくださった神様のような方!!

嬉しいです!!

ありがとうございます!!

 

 

そんな感じで、今日も最後までお読みくださって本当にありがとございましたm(__)m

 

 

台風、大雨にくれぐれも気をつけて、みなさまご無事でありますように…。

 

次回は「大学院でのエピソード」について書いています。

ご興味があればぜひ!

 

 

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