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性被害サバイバーの1事例

ある性被害サバイバーの話37 ~メンタルケア心理士資格試験~

2021年7月6日

 

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メンタルケア心理士の課題はすぐに提出し終え、

予定の受験日に資格試験を受けられることになります。

 

回想:メンタルケア心理士の資格試験

当時の私には、「心理に関する勉強をできている!」ことが心の支えになりました。

そして、課題はすごく簡単だったけど、それでも取り組めたことは嬉しかった

 

そして12月のメンタルケア心理士資格試験を受けることができます。

 

受かりました。

 

試験も簡単でしたし、「落ちるわけがない」と確信していました。

 

 

それでも、「メンタルケア心理士」という「名前をもらえた」ことが

すごく嬉しかった

本当に、予想以上に嬉しかったのです。

自分でも予想外で、驚くぐらい、

すごく嬉しかったです。(3回目w

 

あまりに嬉しすぎて、

「名刺」を作っちゃったんです。

「メンタルケア心理士」って肩書き入れて。

「簡単すぎる」なんて思っているくせに。

 

解説:やっと「カウンセラー」になれた

私は、「性犯罪被害者」というレッテルを自分に貼っていました

臨床心理士を目指す過程で、私にとって臨床心理士になることは

「性犯罪被害者以外のアイデンティティを持ちたいから」という気持ちに変化していっていました。

 

でも、それだけじゃなく、純粋に「カウンセラーになりたかった」のだとも思います。

 

注意ポイント

トラウマがあると、自分の気持ちがよくわからなくなり

何もかも「トラウマに原因がある」と思ってしまうことがあるし、

実際、区別できません

逆に「なにもかもトラウマのせいにするな」的になることもあり、

どうしても自分の気持ちや感覚を素直に受け取れなくなりがちだと思います。

 

でも、今振り返ると、「メンタルケア心理士」を得られて、あんなに嬉しかったのは、

ただ単純に「心理カウンセラーに一応はなれた」という嬉しさだったんだろうなと思います。

 

当時は自分のことをずいぶん歪んでみていたなと今は思います。

 

素直に「カウンセラーになりたい」でいいのに、「それで良し」とできず、

「他にアイデンティティが~」とか「被害者だからって良いカウンセラーになれるわけじゃないことは分かってる!」とか、

なんだかこねくりまわして考えていたなと振り返っています。

 

回想:言い訳ができなくなる

私は「なりたくてなりたくて仕方が無いのになかなか合格できない」という

「進めなさ」を強烈に感じていました。

 

一方で、今までどんなときも「臨床心理士になるから」ということが、心の逃げ道になっていた面がありました。

パートや派遣で働きながら、そこでうまくいかなくても「私が本当に居るべき場所じゃないし」みたいな。

 

だから本当に心理の道に進んでしまったら、つまずいたときに心の逃げ道がなくなってしまうという不安がありました。

 

同時に、体力的な面で、大学を留年した経験もあり、「受かっても通えるだろうか」という不安もありました。

 

解説:不安のウソとホント

メンタルケア心理士に受かり、本当に嬉しいと思っている自分を省みて、

「心理カウンセラーの道が実現したら心の逃げ道がなくなる」というのは、

本当はそうではないと気づきました。

 

むしろ逆で、

「すごく進みたいのにがんばっても不合格ばかりで、他職種で働かねばならない状況に対する不満をなだめるウソ」だったのだと思います。

 

「大学院不合格なら、心理以外の仕事で働きながら院試の勉強をし続けなければいけない」という、しんどい状況に対して

「本当に受かっちゃったらもっと大変かもね」というウソを自分に言い聞かせていたのだと今は分かります。

 

一方で、PTSDやうつ病といった精神疾患に関し、過量服薬を止めると同時に一切の受診を止めたことで、

自分の回復の程度がどれくらいか、聞ける人も測れるものもなくなっていました。

今だから、当時の状態に関し「軽躁」「うつ病」「過覚醒」などわかりますが、当時はわかっていませんでした

だからあやふやな状態で、「大学院に受かったとしても通い続けられるのか」という不安は、現実的な問題でありました。

 

加えて、「受かっても通えないかも」と強く思っていた時期は、その感覚は正しかったと思います。

そう思っていたのは浪人1年目のころで、2年目は「軽躁状態で受かる気満々」でした。

でも、2年目も後の「うつ転」を省みると、通えなかった可能性は高いと思います。

 

私は大学で留年したことで、ものすごく冷たい目を家族から受け続けます。

そして私自身も、留年した自分をすごく恥じていました

だから、「大学院では絶対に留年してはいけない」という意識は強かったです。

普通は当たり前なんですけどね。

お金もありませんから、

「受かりたいけど受かってもちゃんと通えるだろうか」ということは、

意外と大きなプレッシャーになっていたと思います。

 

 

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いずれにしても、「自分の感覚を大事に」と私もよく言ってしまいますが、

被害に遭っていたり精神疾患があったりすると、

「自分の感覚」が純粋なままでは感じられなくなることも症状の1つなのかもしれませんね。

 

そしてそれは、「症状」なのか全くわからない「性格」や「思考」や「嗜好」に姿を変えたりしているので、

なんというか、どうしたって苦しいのは無理もないのだと思います。

 

 

その後、メンタルケア心理士合格の喜びとともに派遣の仕事を続けながら年が明けます。

 

 

次回の「ある性被害サバイバーの話」は、

「家族というもの」という記事になっています。

 

最後までお読みくださってありがとうございました!

またお越しいただけることをいつまでもお待ちしておりますm(__)m

 

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