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心理士の裏話 日記

【あるツイッター案件から考える】カウンセリングとクラウド・ファンディング

 

今日は、「心理士の裏話」的な、ただの日記になります。

 

5月にこちらの記事の「二次加害炎上案件」がツイッターで起きました。

このときは、記事に書いたように、私はすごく気持ちが揺れましたし、思うこともたくさんありました。

 

一方、少し前から、「クラウド・ファンディングでカウンセリングの提供」という会社(?)がいくつか出てきて、

そのことで心理クラスタが揺れております。

 

私は、今回の「ボヤ騒ぎ」的な「クラウド・ファンディング」については、そこまで関心があるわけではないのですが、

せっかくですので、「心理士の倫理」についてお話したいと思います。

 

カウンセラーの倫理

先の「クラウド・ファンディングでカウンセリングの提供」というのは、

「誰でも気軽にカウンセリングを受けられるようにするために、

料金は破格の安さにします。一方、クラファンで、資金を集めてそれを運営費にします」というカウンセリング提供会社です。

 

これが、心理士業界で

「クライエントが出資者だったら、“クライエントとカウンセラー”という関係と、“出資者と出資会社の従業員”という多重関係になり、倫理違反だ」

と主張する反対派と、

 

多重関係かどうかはグレー。別にいいのでは?」という受容派がいます。(ほとんどは特に何も思ってないのかもしれません)

 

 

みなさま、ここまで聞いて、

 

え?クラファンの何が悪いの?安価で提供できるならいいし、出資はクライエントがしなくてもいいんでしょ?

 

と思いますよね。

 

 

しかーし!!!

 

 

カウンセリングとは、非常に深くデリケートな部分を扱うために、

「クライエントとカウンセラー」という関係性は、必ず守らないといけないのです。

それ以外の関係性は「多重関係」となり、本当にダメです。

 

多重関係とは

多重関係とは、「クライエントとカウンセラー以外の関係性をもつ」ことを意味し、禁止されています。

「恋人関係になる」などは言語道断ですが、

「職場の同僚のパートナーのカウンセリングをする」というのも多重関係にあたるため禁止です。

この場合は、適切な相談機関を紹介するなどして、自分が担当カウンセラーになることは避けなくてはいけません。

 

カウンセリングの時間は「クライアントのためだけのもの」であり、

クライエントは「お客様」でも「治療される人」でもなく、

支援者と対等な「クライエント」であり、それ以上でもそれ以下でもないという関係性を

カウンセラーはしっかりと維持しなければいけないと私は考えています。

 

なので、先の「クラファン案件」はどちらかというと反対です。

境界線がずいぶんあいまいでゆるいな、という印象です。

 

カウンセリングという「場」

「お客様にしてもダメ」と書きましたが、それは「おもてなし」がクライエントの重荷になったり

逆にカウンセラー側がクライエントの機嫌を取るような関係性になったりすることは、

心理支援の観点からは好ましくない要因として作用する可能性があるからです。

 

例えば、医療機関に限らず、私設相談室でも、「カウンセリングでお茶を出す」ことに私は反対です。

もちろん、ご本人が持参して、体調管理のために飲むのは自由ですし、ぜひ好きなように我慢しないで欲しい。

でも、こちらから出すべきではない。

 

なぜなら、「お茶ひとつ」でも、クライエントは「もてなされた。カウンセラーさんが喜ぶようなことを話さなくては」等と

気を遣わせてしまうことがあるからです。

 

カウンセリングの場は、「いい子」に振舞う場でも、「施される」場でもありません。

クライエントがカウンセラーという材料を利用しながら、ご自身でご自分と向き合い、癒していく場です。

 

目に見えない要因の影響

クライエントさんの中には「主治医やカウンセラーにどう思われているのか」ということを、

はっきりと口に出さないけれどすごく気にしていることが少なくありません

 

そんなときに「クラファン」などがあろうものなら、

「出資したら好かれるだろうか」「出資していないから扱いが悪いのだろうか」「出資していなくて安価で受けられているんだから我慢しないと」等と、

カウンセリングの場が歪んでいくと私は思います。

 

もちろん、ほとんど影響を受けないクライエントさんもいると思います。

でも、「影響を受ける人」をちゃんと考えないといけません。。

 

いろいろなことを気にしてしまったり傷ついたり、相手の気持ちを考えすぎてしまうとしたら、

そういった人がさらに傷つかないように気を遣わないで済むように、最大限の配慮をしなくてはいけません。

その配慮は、「お茶を出した方が親切」「料金は安い方が便利」という単純に済むことではないと思います。

 

お茶の意味

さきほどの「お茶」ですが、1時間近く、カウンセリングで話すと疲れますよね。

私が勤めるクリニックにはウォーターサーバーがあるのですが、

患者さんがカウンセリング後にウォーターサーバーで水を一気に飲む姿をよく見ます。

後ろでこっそり見つめながら「美味しいかな」と考えたりしています。

もし、そのときに飲む水を美味しいと思えたら、それも貴重な回復の証の1つです。

それが、カウンセリング中にこちらからお茶を出していたら、味もへったくれもないでしょう。

「のどが渇く」という感覚も、戻ってこないままかもしれません。

もちろん、「1時間飲まずに話すと気分が悪くなる」という方もいらっしゃいますので、

そのときは持参していただいて、遠慮なく飲んでくださいね。

 

言いたいことは、

 

カウンセラー側はお茶1つでもその影響を考えろ!!!

 

ということです。

 

 

また、高い料金は問題ですが、同時に低すぎる金額も問題だと思っています。

それは、カウンセラー側の質の担保ができません。

 

カウンセラーは、物も売らず、薬も出さず、身一つで勝負しなくてはいけません。

「お茶を出すから」「安いから」という条件が、無意識でもカウンセラーに油断を与えることになります。

ただ、カウンセリングや心理療法の料金設定はいろいろな意見がありますし、

政治的な問題も絡み、制度設計はなかなか難しいなと思います。

 

 

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今日は都議会議員選挙です!!

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それで思い出しましたが、

「寝子の心理士マイルール」では、「政治的な思想信条を表明しない」ことを信念としています。

個人的にはもちろん政治信条を私なりに持っています。

しかし、それをツイッターなどで表明することはしません。

それは、クライエントさんにはさまざまな立場があると思うからです。

けれどこれはあくまでも私の心理士としての信念であって、

政治的信条を発信することが心理士として悪いことでは決してありません。

 

 

クラファンの話しからだいぶそれてしまいましたが汗

 

カウンセリングは、カウンセリングの最中に途中で誰かに助けを求めることはできません。

1度の行き違いで、全てがダメになってしまうこともあります。

加えて、正解はない世界です。

その中で、自分の職務に対して「責任とは何か」という答えは、カウンセラー自身が持っていなくてはいけないと思います。

 

自分のクライエントがもし死んでしまったら、そうでなくても未遂でもそのような行動をしたら、あるいは、傷つけてしまったらetc。。

 

それらは避けられないことがあります。

 

だからこそ、それらを出来る限り防ぐことができる環境を整備しなくてはいけません。

それでも防ぎきれないのです。。だから考え続けなくてはいけません。

 

 

「カウンセリングをもっと身近に」というような耳障りの良いキャッチコピーだけが走らないようにと願いつつ、

クラファンカウンセリング会社の行く末はユーザーが決めることでしょう。

 

でも、時代と共に、カウンセリングもあり方を変えていかなくてはいけません。

だから、私は賛同しないけれど、

クラファン安価カウンセリングがどなたかの助けになるのなら、決して嫌味ではなく、それは本当に素晴らしいと思います。

 

 

今回はちょっと内輪の話になってしまったかもしれませんが、

心理士の倫理観は大事だと思います。

 

最後までお読みくださってありがとうございました!

またのお越しをお待ちしております!

 

 

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