" />

感情

「過去の怒り」が今を助けてくれている!?

 

明けましておめでとうございます!!

いや~、ずいぶんご無沙汰しております。

 

本当は心理療法のトレーニングの話を書く気満々だったんですけど、

そうすると身バレの危険があったりして、

そうなると何も書けなくなっていました。。。

 

 

でも、また少しずつ書いていきたいです!

 

 

今日は、最近あらためて見直した「怒り」について、軽めにつづりたいと思います。

「怒り」の中でも、以前は「境界性パーソナリティ障害」とされたような激しい怒り、

対人関係や仕事に影響してしまうような行動化について注目します。

 

「怒り」という感情

「怒り」については、このブログでも「遅れてきた怒り」「怒りの役割」で何度か書いているように、

大切な感情でありますが、怒りを抱えることはしんどい上に、

出し方を間違えてしまうともっと傷ついてしまうものであります。

 

だから「怒りは大切」「怒っていい」と言われても、

それがご自身のコントロールの範囲内でも苦しいのに、

その怒りがそのまま行動になってしまったときのご本人の傷つきは深いものになってしまいます。

 

境界性パーソナリティ障害

「怒りが行動化に繋がって不安定な様相を呈す」状態を代表的な症状として、

「境界性パーソナリティ障害(BPD)」として一時期広がったことがありました。

 

現在は「複雑性PTSD」と診断するのが適切になっていっているかと思います。

 

実際、BPDであると、親密な対人関係を強く望みながら、突然強い怒りに乗っ取られ、

相手をののしってしまうなどし、

関係を切ってしまうということが繰り返される傾向があります。

 

この傾向を、以前の心理学、精神医学では

「大事な人との関係を切ってしまう」「信頼してくると自らダメにしてしまう」

と捉えていました。

 

私もそう思っていました。

 

「だから怒りを行動化するのはよくないこと」と。

 

その中でも、精神分析的解釈だと「本題に向き合いたくないから治療現場を荒らす」かのように捉えており、

こういったネガティブな解釈がさも正しいかのように流布されていた時代を考えると、

今の学説もただ漫然と信じてはいけないと肝に銘じています。

 

そんな中、パーツアプローチに出会い、トラウマが原因とする「怒り」の役割を捉えなおすことができました。

 

SVで

パーツアプローチやソマティック・エクスペリエンシングも、「過去」の怒りによるフラッシュバックとして、

怒りに乗っ取られて行動化することはやはり危険なことであるし、

本人が傷つくことであるという見方は同じなのかなと理解しています。

 

それはその通りで、疑ってもいませんでした。

 

それが、こないだスーパーヴァイズを受けていた時、

ヴァイザーの先生がふと「怒りは人間関係を切る役割」と言ったんです。

 

このコメント自体は、意外なことではないですし、「だから傷の上塗りをしてしまう」「再演である」という認識でした。

 

でも、少し時間が経って、

BPD傾向の人たちが「怒りに乗っ取られて」行動化し、切った対人関係は、

どんなものだっただろうと記憶をたどったんです。

 

そしたら、

 

「切るべき対人関係だった」

 

と私は思ったんです。

 

それまで「激しい怒りで人間関係を切るのはよくない」と思い込んでいました。

 

でも、仮にフラッシュバックであっても、過去の怒りが今に増幅されていたとしても、

「そういう形でしか切れなかった」だけであって、

その人にとって大切な人を切ってきたとは限らないのではないか、

 

むしろ逆で、自分に優しいやり方で人と離れることができないから、

我慢するところまで合わせて

「もう無理だ」となって、

強い怒りのパワーをかりて不必要な人と離れることができたのではないかと、思い至りました。

 

 

ちなみに、昔の精神分析的解釈「BPDは理想化と見下しで、維持すべき対人関係を怒りで壊してしまう」というのは、

治療者がクライエントに去られたことを、治療者の都合よく解釈したんだろうと前から個人的には思っています。

 

なので、これも

「大して意味がないと感じる、場合によっては不快になるカウンセリングだけど、続けるべきで、不快になる自分がおかしいのだ」

と治療者に無理に合わせていたクライエントが、

「いい加減無理!」と過去の怒りを借りて、不要な治療者から離れることができたと考えられると思います。

 

「怒り」の役割

改めて、「怒り」の役割を考え直した時、特にトラウマがある場合には、

怒りを感じることが許されなかったし、ましてそれを行動にするなんてできなかった。

 

それが時間を経て感じられ始めると、調整はできないし、どうしても極端になってしまうともいます。

 

でも、たとえ「今」だけでなく、

「過去」の怒りも乗っていたとしても、

怒りによってとった行動は、そのすべてが不適切なわけではないと考え直すようになりました。

 

けれど、「全ての行動に意味がある」とはいえないのも現実ではあります。

「怒りにまかせて行動したほうがいい」わけではありませんしね。。

 

でも、少なくとも犯罪を犯しているわけではなく、

「自分の身近な対人関係が維持できない」ことに悩んでいるとしたら、

それは「維持しなくていい人間関係」なのかもしれないという視点は

持っていていいんだと改めて思えるようになりました。

 

この視点を心から持てるようになると、私自身のことも、患者さんのことも、見方が変わりました。

 

「過去」が助けてくれることもある

トラウマに関する様々な療法は、基本的に

「“今”と“過去”を分け」、「過去を助けてあげる」という観点です。

 

それはその通りだと思います。

 

でも、過去の自分が今の自分を助けてくれていることの方が多いのかもしれません。

 

 

トラウマがあると、自分の気持ちや行動に自信が持てないのですよね。

 

だから、「今とった行動」「今の気持ち」がいつも信じられなくて、気持ちに従って行動しても、気持ちを抑えて行動しても、しっくりこない…。

 

ただ、軽くても「怒り」を感じるとしたら、何かあるんだろと思います。

「動きたい何か」「変えたい何か」の知らせかもしれないなと。

 

 

 

 

↓久しぶりに押してくださるととても嬉しいです!!

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 心理カウンセラーへ
にほんブログ村

↑もはや「懐かしい」と感じる「ブログ村」のボタン笑

「今年初!」の一押しをぜひ!!

 

 

 

繰り返しのお知らせで恐縮ですが

『「親がしんどい」を解きほぐす』が絶賛発売中です!

 

 

今日は、「年始めのブログ始め」ということで、簡単ではありますが、書かせていただきました。

 

 

前よりも近況を書きにくくなっているので、更新頻度が減ってしまうかもしれないですが、でもブログは続けていきますので、どうか今後ともよろしくお願いいたします!

 

 

今日、見に来てくださった方、本当にありがとうございます!

 

今年もどうぞよろしくお願いいたします<m(__)m>

-感情

© 2024 心理カウンセラー寝子の寝言 Powered by AFFINGER5