今日は、時期がぴったりなので、
「アニバーサリー・シンドローム(記念日反応)」について少し書きたいと思います。
今回は、ただの「独り言日記」になってますm(__)m
私の中学2年のときの被害は、
学校の2泊3日の林間学校の最中に起きました。
日付はまさに7月2○日でした。
「7月2○日」とあいまいに書いたのは、覚えていないからです。
はっきりと覚えているのは
「私はこの日付を忘れないだろう。だから覚えないようにするんだ。7月の下旬ということは忘れられなくても、それ以上詳細に記憶するのはやめよう」と当時思って、
「日付は忘れるぞ」と努力したことを覚えています。
結果、忘れられました笑
でも、「7月下旬」であることは明白なので、メンタルに意味があったのかは微妙ですが、
当時の自分の試みは肯定したいと思います笑
これとは別に、中学生のときの私の「決意」で「間違っていたな」と思うのは、なぜか
「“あの頃は良かった”と過去をうらやましがって過ごす将来はきつい。
だから、嫌なこと・苦しいことを記憶するようにしよう」
と決めたことです。
一体、どういうつもりでそんなことを決めたのか今でも謎です。
ただ、「生きるのはつらいことばかりなんだ」と思って、
この先の長く苦しい人生を想像したのかもしれません。
30歳過ぎた頃だったか、ふと中学生時代の自分の決意を思い出し
「本当に嫌な記憶しかないじゃねぇか!!」
と気付き、
「いやいやいやいや、良い思い出を記憶した方がいいに決まってる」
と、自分に修正を行いました。
ただ、私の特性として記憶力が良かったり、
人は嫌なことのほうが記憶に残りやすいなどの基本原則や、
トラウマ反応として「嫌な記憶ばかり」だとは思うので、当時の自分の決意だけではないとは思います。
ただ気付いたときに「…人は思ったようになるんだな…」と変な納得をしたことを覚えています。
アニバーサリーの話に戻ります。
ずっと、夏が来るたびに「あれから○年」と数えていました。
「ある性被害サバイバーの話32」で書いたように、
夏は軽躁状態になり、「トラウマを克服しよう」という気持ちが強くなり、
トラウマに近づこうとする季節でした。
「あれから○年」「あれから○年」…と数え続けていました。
すぐに「今年で何年」と即答できました。
それが、臨床心理士に合格する前後の年あたりから、気付いたら数えなくなり、
今では年齢から引き算しないと被害から何年経ったかわかりません笑
「回復したな」と感じます。
私は、1回目の被害が何月何日であったか、全く覚えていません。
でも着ていた服や被害時の光景は鮮明に覚えています。
それは2回目の被害でも同じです。
鮮明な映像はフラッシュバックとなって繰り返されました。
日付は、覚えているのといないのとどちらがいいということではもちろんないと思います。
家庭内での継続的な被害などであれば、特定はそもそもできないですしね。
ただ、それぞれ「土日に家族が全員揃うと暴力が起きるので休日が嫌」ですとか
「食事のときに被害に遭うことが多かった」といったような、
「特定の場面」が広い意味では「記念日反応」といえるような不調のきっかけになっていることは少なくないですよね。
ちょっと無理やりですが、「記念日反応」のプラス面をあげるなら、
「トラウマの回復を明らかに実感できる」ことでしょうか。
「記念日反応」そのものへは対処療法になってしまいます。
けれど、トラウマの傷が回復するにつれて「記念日反応」も軽くなっていきます。
また、「記念日反応」として症状が出るから癒すことができるという側面があると思います。
ただ私のように「軽躁状態からうつ状態」になってしまったり、
「再演」を繰り返してしまうなどの反応には、どうか気をつけてほしいなと思います。
今年の夏も暑いですね!
私は、「あ~、記念日だ」と思いながら、
全くの平常心でおります!!
忘れられなくても、大きく揺さぶられないでいられるようになれたらいいなと思います。
でも、私は15年目までは確実に数えてましたね~。
「回復には15年かかる」という意味ではなく、
仮に何年たっても記念日反応があったとしても決しておかしくないと思います。
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いつも一ポチを本当にありがとうございます!!
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そんなことを思い起こしながら、熱中症になりそうです笑
こんな日記を読んでくださって今日もありがとうございました!
明日から4連休の方も多いと思います!
皆さまが疲れを癒しリフレッシュできますように…