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性被害サバイバーの1事例 日記

ある性被害サバイバーの話54 ~対人関係における感情~

前回、「対人関係で抱える問題」という記事を書きました。

今までの臨床経験を振り返りながら書いていましたが、

「私はどうだっただろう?」と考えてみました。

 

根深い問題

私はずっと、自分でも「おかしい」と思う対人関係での不適応的行動があります。

 

それは、

「自分からは決して連絡しない

「何か少しでも不本意なことがあれば何も言わずその後きっぱり縁を切ってしまう

ということでした。

 

これはプライベートのことで、今はこういうことは少なくなりましたが、

でも中年にもなるとプライベートで友達ができるということは少ないので、そもそも機会がなくなったからであり、

私の問題が改善されたというわけではないのだろうと思います。

 

自分から何もしない

友人、知人に「自分からは連絡しない」「遊びに誘わない」等というのは、

「返事がくるまで耐えられないほど不安になるから」

でした。

 

だったら始めから連絡しない。。

 

相手から連絡があれば返しますが、それに対する返事を待つのも同じく不安でした。

 

異常な不安感なのです…。

 

異性に対して

この傾向は、かつて付き合ったり好意をもった異性との間でもっと顕著になりました。

 

向こうにしてみれば私からは一度も連絡がなく、

好意を伝える言葉もないですので、ずいぶんクレームを言われたものです。

 

けれど内心は相手からの連絡をものすごく待っていて、

「連絡が来ない」という時間に耐えられないので、

携帯の電源を切って、「電源を切っているのだから来なくて当たり前だ」と思うことで一瞬の安心を得ていました。

 

当然、このような付き合いは長続きはしませんでした。

 

すぐに縁を切る

異性関係の不適応的行動は、性被害に遭ったということで、ある程度説明可能だと思っていました。

 

でも、それでもあまりにおかしい不安感でした。

 

そして異性関係に限らず、友人知人にも、不安の強さの程度の差はあれ、同じ行動を繰り返していました。

 

私から連絡しないことはもちろんのこと、何か不本意なことがあれば、すぐに縁を切っていました。

 

相手には何も言わず、自分の連絡先を変えて教えなかったり、連絡が来てもスルーしたり…。

 

別の記事で書いた「うつ症状」によって友人を失った面もありましたが、

この行いによって対人関係を維持できなかった面も多大にあります。

 

「どうせ誰からもわかってもらえないなら、自分から1人になる」

 

というような王道を地でいくような行いでありました。

 

セットで起きた感情

前回の記事のように、私は対人関係をもつとき、どのような感情がセットで起きていたのだろうと考えると、

 

強烈な不安感

 

は前から認識していました。

 

同時に、「傷つきたくない」という「人と親密になることは傷つくこと」という自動反応があった。

もうこれ以上、傷つくことを避けるために“回避”を繰り返していたのでしょう。

 

認知行動療法を少しご存知の方であれば、このような回避は問題を増やすだけで改善させないということは言わずもがなでしょうね。。

 

けれど、私はそのことに気づいていなかった、知識がなかったからだけでなく、

気づいていても知識があっても、当時、暴露的な行動療法を取ることは不可能だっただろうと思います。

 

新たな気づき

「不安感」や「もう傷つきたくない」という気持ちがあったのはわかっていました。

 

でも、それだけではどうにも説明しきれないことも長年の自分自身の謎として感じていました。

 

それで前回の記事を書きながら、ぼんやり考えていたら、私は原家族に対し、

 

「こんな人たちのために心を遣ってたまるか」

 

と考えていたのだと気づきました。

 

まさか、その思考が、全く関係のない他者にも発生していたとは全く気づきませんでした。

 

でも、そう気づくと、納得できるのです。

 

原家族は嫌いだけれど生きるために必要で、機嫌も取らないといけない。

決して認めてはもらえないけれど役割も果たさなければならない。

 

でも、彼らは私の事件の傷を無視し、傷つけている。

だから私も彼らに心を遣うもんか。と。

 

だから、自分から誰かに連絡するというような「気を遣う」ことを無自覚に嫌悪し、わざとしないようにしていた。

 

そして、彼らの「無視」に傷ついた私は、

「正面きって思いをぶつけるよりも無視したほうが傷つく」という価値観を持つようになっていました。

 

だから、他者に対しても何も言わずに連絡を断つというやり方をしていた。。

 

さらにいうと、私は原家族の中で一番の年少者だったので、正面切って訴えようが行動しようが、

勝てることはなかったということも、

「“気持ちを入れない”という無視が最大の抗議」になった要因の1つだったかもしれません。

 

他者に自分から本音で具体的な言動をして助けになった試しがなかった。

 

むしろ主張すればもっと傷ついた。だから「何もしない」ということで、自分を守り、

他者に遠まわしな嫌がらせをしていたのだと気づきました。

 

これは「分かりにくい加害の再演」と言えるのかもしれません。

 

他者にそれを行うときには少なくとも「主体性」は感じられていたと思います。

加えて「どうせ私なんかが無視したってろくに傷つかないでしょう?」と自分の行動を正当化し、

相手の気持ちを軽視していた。。

 

「再演」の記事で「加害の再演」についても触れています。

 

無力感

そして、対人関係において私の根っこにあったものは、

圧倒的な無力感だったのだろうと思います。

先ほど触れたように、原家族との関わりでは私が何をしても届くことはなかったのです。

 

私自身が自分の力で誰かと良好な関係性を維持できるわけがない

 

→だから相手から来てくれたらできるよ

→他者次第

→私にはできない

→ループ

 

という無意識レベルの根深い無力感。

 

現実としても、それまでの対人関係は「うつ状態」のせいであったり、

ここで触れた不適応的な行動であったりで、

良好で信頼できる他者との関係を継続できないという証拠ばかりがありました。

 

気づいていなかった部分では原家族とのありようが根幹になって、

気づいていなかったからこそ、圧倒される無力感を感じていたのだと、今、思います。

 

人間にとっての対人関係

トラウマに関する本で

「人は人と関わろうとすることをなしに生きることはできない。

食中毒になったからといって食べ物を食べないわけにはいかないように、人は人との関わりを断つことはできない」と書かれていたことがあり、

だからこそ、苦しいのだと再認識したことを思い出しました。

 

私はずっと、当たり前に誰かと親しくなりたかったし、友達だって欲しかった。。。

 

そんなことくらい、意識できていたと思っていたけれど、本当には気づけていなかったんだなぁと…。

 

気づいた後

 

 

この後のポイントを心理士として付け加えると

 

 

気づいた後、特に何もしない

 

 

です(爆)

 

直ちに行動変容に繋げたいと思うことがあるかもしれません。私もそうです。

 

でも、気づいただけで充分。。

 

気づきのおかげで、視野が変わり、進むべき方向がほんの少し変わったはずです。

 

そのまま歩いていって、そのうちまた気づきや出来事があって、また少し歩いている道の角度が変わっていく。

 

 

そう信じたいと思います。

 

 

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実は、父兄のケンカ騒動の後から、「父親に会わなければ」というモヤモヤが消えず、

でもあまりにも会いたくなくて断ってはいるんですが、去年はそれでスッキリできたのに、

今回はずっとグルグルしてストレスなんですよね~…。

 

これもまた経過報告したいと思っています!

 

 

それにしても本格的に暑くなってまいりましたね…。

 

みなさま本当に心身お大事になさってくださいね(*^_^*)

が美味しい季節です♪

 

またのお越しをお待ちしておりますm(__)m

 

 

 

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