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心理雑談

「疾病利得」は半端な理解で使っちゃダメ!?

2021年11月15日

 

『疾病利得』って嫌な見方だなぁ…」

と常々思っている寝子です、こんにちは。

 

さぁ!今日も具合は低空飛行だ!!

 

最近は、倦怠感や息苦しさに加えて、

胃腸の調子も悪くなってきたぜ★

 

ということで、

「あんまり頭を使う記事は書けないけど、何かさっと書ける心理に関することを書きたいよぅ」という禁断症状により、

今日は『疾病利得』について気ままに綴りたいと思います。

 

もうホント、「まとまり」とか考えないで書いていくので、分かりにくかったらごめんなさいm(__)m

 

お付き合いいただけると嬉しいです。

 

『疾病利得』とは

『疾病利得』とは、「病気によって本人が得られる利益」をいいます。

「傷病手当」などの物理的な利益はもちろんのこと、

「働かなくていい」などの行動面や、

「他者から心配してもらえる」「優しくしてもらえる」などの精神的な利点が取り上げられます。

 

この説明のように『疾病利得』というのは、誰でも簡単に即座に理解できます。

だから、そこかしこで不適切に使用され、

場合によっては二次加害を与えてしまっていると思っています。

 

「雑な解釈への反発」「優先順位」等の記事でも述べていますが、

この『疾病利得』に関しても、浅はかな理解の下に雑に使われがちです。

 

そこで、丁寧に整理していきたいと思います。

 

「病気」という状態

まず、『疾病利得』という以上、何らかの病を負っています

 

私は精神科の心理士なので、ここでは精神疾患に限定して述べていることをご了承ください。

 

何らかの「精神疾患」である場合、その病を負ってでも欲しい利益など、私には思い浮かびません。。

それくらい、非常に苦しくしんどく

健康でいられるのであればそれに越したことはないと思います。。

 

「働かないで済むから楽なんだよ」等という見方は、

「働くことができないほどの病気」という事実を飛ばしてしまっています。

 

他者が病気で悩む人に「疾病利得だ」的なことを言うのは、

結局「言い訳するな」ということなのだろうと思います。

 

つまり、最初から理解しようとしていない、

あるいは支援者が使用してしまうときは「自分の思うように治療が進まない」ということを患者さんのせいにして、

言い訳しているのではないかと疑ってしまいます。

 

「利得」があったとして

仮に、「病気でいることで利点がある」という場合、

「心配してもらえるから」「働かなくていいから」等の理由があったとして、

「病気でいないと心配してもらえない」

「働くことよりも病気の苦しみの方がマシ」という環境であるということです。

 

これは、異常な環境だと私は思います。

 

誰だって、心配して欲しいし、働けるものなら働きたいものです。

 

ただそれを得るためには「病気でいないといけない」という事態は、

「疾病利得だね」などと一言で済むような状況ではないと思います。

 

健康な人は「もし自分なら、そうなりたいか」と考えて欲しいなと思います。

 

「不定愁訴」への周囲の不安感

「疾病利得」と言われがちな状態は多種ありますが、

学校の教職員や医療や福祉の支援者がクライエントさんに「疾病利得だ」と捉えがちな状態の代表は、

「不定愁訴」だろうと思います。

 

「不定愁訴」とは、不特定の症状が散見される状態をいいます。

頭痛や吐き気はもちろん、重いと意識障害や手足の運動障害などを起こします。

 

病院で検査しても異常がなく、「メンタルだろう」という結論しか考えられず、対処法も有効なものが見出せない場合、

「構って欲しいのだろう」等という極めて雑で意味のない見方をしてしまうことがあります。

 

これは自戒をこめています。

 

支援する立場の者も人間です。だから、「不定愁訴」のようなよくわからない症状は、対応もどうしていいかわからないので、

支援者であっても不安を感じることは珍しくありません。

 

そのときの不安感の落ち着け方として「疾病利得だ」と自分を納得させるために思うことがあるのかもしれまません。

 

こう書くとわかるように、そう結論付けることで心の安寧を得たのは支援者側であり、

症状に苦しんでいる人ではないのですよね…。

 

本当に気をつけなくてはいけないことは、

クライエント側の心情を理解しようとすることと同じかそれ以上に、

支援に携わる者は自分の内面に敏感でなくてはいけません

 

何のために誰のためにそう思ったのか、できる限り正確に把握することが支援者には求められます。

 

実際の臨床像

実際に

「足が普通に動かない」

「手が痺れて思うように動かない」

「急に倒れてしまう」

等といった症状の患者さんに接すると、

本人もどうしていいかわからず苦しんでいるし、

見ていて非常にしんどいだろうなと感じます。

 

 

あくまでも身体の検査をして異常がない場合に「心因性」が疑われます。

ただ、身体的にも精神的にも、医学は発展途上中であり、

万能ではないことは常に忘れずにいたいところです。

 

その上で、仮に「心因性」と考えて、精神分析でいうところの「転換ヒステリー」だと考えると、

「こんなに苦しくてツライ身体症状に転換された心の状態とは、本当に想像を絶する」と思います。。

 

「疾病利得」の見方で説明すると

「不特定の身体症状(不定愁訴)が出ることによって、心的葛藤や深い傷つきが軽くなる、あるいは直面しないで済む」

といったような解釈になります。

 

仮にそうだとして、いつどのような症状が出るかも分からない、

治し方も分からない症状で軽くなる心の傷とは、

どれほどに深く重いのだろうと思います。

 

だから、乱暴に直面させようとしたり、その症状を取ろうとしたり、

「疾病利得だ」「防衛だ」などと済ませることは危険だと考えています。

 

暗に含まれるニュアンス

「疾病利得」「防衛」という言葉は、

「逃げている」「ウソだ」というニュアンスを暗に含んでいると思って、

使用するなら気をつけないといけないと思います。

 

実際に、支援者がこれを使うときは否定的な感情が入っている場合が少なくないのが事実ではないかと私は思っています。

 

それでも伝える必要があるときは、支援者側は言葉を尽くし、精一杯受容的な態度を示しながら説明しなくてはいけません。

 

「認知の歪み」で有名な「白黒思考」というのは、

原因がはっきりしない症状を「疾病利得だ」「構って欲しいからだ」と結論づける

「“答えがあるはず”という思い込み」にも

「白黒思考であり、認知の歪みだ」と広がってほしいものです。

 

本当に「わからない」

先ほど「医学は発展途上中」と触れましたが、

あらゆる不定愁訴の原因が科学的に特定できなかったとしても、

それは今の医学の限界ゆえのことである可能性は否定できません。

 

つまり、「心因性」の可能性が高いけれど、本当のところ、

「原因はわからない」というのが最も正しい結論なのだろうと思います。

 

ならば、その「グレー」に付き合っていくことが支援者に求められることでしょうし、

クライエントさんにも必要な症状の抱え方になることもあるのではないかと思います。

 

原因がわからない症状を抱えるのは、とても不安なものです。

 

「心因性」として、それが明白であり、治療法もあれば別ですが、

そうではないなら、原因が特定は仕切れないことを一緒に抱えていくことは支援者の大事な役割の1つかもしれません。

 

支援者として

まるで「私はそんなことしません」と言っているようですが(汗)、

そんなことはなくて、支援者として、そう言いたくなってしまう気持ちはわからないでもないのです。

 

言わなかったとしても、そう捉えたくなることはあるというのが正直な気持ちです。

 

だからこそ、気をつけなければいけません。

 

大事なことは、「困っている人が少しでも救われるかどうか」です。

 

支援者側の正当性を主張したり、

支援者側の後ろめたさをクライエントに押しつけたり、

相手を論破したりすることは、適切な支援ではありませんよね。

 

 

「構って欲しいと思ってる」「優しくしてもらいたいから」「楽したいから」「無意識ではこう思っているから」等という見方は、

言ったもん勝ちなところがあるので、支援者は注意が必要だと思います。

 

無意識は証明できませんし、「構って欲しい」「優しくして欲しい」等の気持ちは、誰にでもある普通の感情です。

 

それを「そう思っているだろう!」等と、鬼の首でも取ったかのように病の原因にするのは相手を傷つける非常に不適切な対応です。

 

「心配されたい」は普通の感情

先ほど触れたように、

「構って欲しい」「優しくして欲しい」等の気持ちは

誰にでもある普通の当たり前の感情です。

 

 

「構って欲しい」「優しくして欲しい」「話を聞いてほしい」「身体が痛い」etc。。。

 

 

誰でも思っていて当然な感情ですし、

痛みや苦しみを言葉にすることは適切なストレス対処です。

 

だから、「自分が悪いんだ」などと思うことはないです。

 

そう思ってしまったとしたら、相手側が対応を間違えてしまったのかもしれません。

 

繰り返しになりますが、

そもそも「誰かに気づいて欲しい」「話を聞いてほしい」「優しくして欲しい」という気持ちは、

抱いていていい普通の感情です。

 

病気など、弱っていたならなおさら誰かに助けを求めたくなるのはいたって自然な動きです。

「心配してもらう」「気遣ってもらう」などは、情緒的な立派なサポートです。

 

もし、本当にその気持ちが元で症状が出ているのなら、

それほどに寂しく、深くてとても多い愛情希求を抱えているということなのかもしれません。

 

そうであれば、それはトラウマとして取り上げることが適切なことも多いでしょう。

 

とにかく、「疾病利得だ」という一言で済ませていいことはないのだと思います。

 

 

もしこの言葉に傷ついた方がいらっしゃったら、

どうか「自分が悪い」と思わず、

不適切な対応をされてしまった傷つきを今から癒してほしいなと思っています。

 

 

 

 

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まぁでも、私の場合は仕方がないですね…。

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いつも本当にありがとうございます!!

 

 

 

今週の木曜日に検査結果を聞きにまた病院に行く予定です。

最近は、食事をしていても途中で疲れてしまって食べられなくなっています…。

 

倦怠感、半端ねぇ…。

 

 

そんな切れのない寝子のブログに付き合ってくださってありがとうございました!

 

また来てくださることを心待ちにしていますm(__)m

 

 

 

 

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