前回までの記事でぼんやりとポリヴェーガル理論について雑談を重ねてきましたが、
せっかくなので、ポリヴェーガル理論を用いて自分を理解し、
自律神経の調節をしていけるように、改めてまとめたいと思います。
目次
神経系のメカニズムを知る
ポリヴェーガル理論を臨床に応用するとき、
もっとも大事な過程は最初に行う「心理教育」です。
「心理教育」というと“教育”という文言のために印象が固いですが、
「自分の状態がどのようなもので、なぜ起きているのか」を、
クライエントが自己理解するためにカウンセラーが必要な知識を提供することを意味しています。
この「心理教育」は、ポリヴェーガル理論に限らず非常に有益で、
自分のことを理解できることの効果の大きさを日々実感しています。
逆にいえば、「自分の状態がわからない」というのは、とてもストレスで、
自己嫌悪や恥などを増幅させてしまう危険因子だといえるのだと思います。
本来、全ての療法に心理教育は必須です。
その中でも、ポリヴェーガル理論は、特に「神経系の働きを知ることで自分を理解する」ということに重点を置いています。
「怠けや気合などの精神論ではなく、考えるからでもなく、行動してこそでもなく、“神経系のメカニズムによって”今の状態が起きている」
ということを理解していきます。
「自分の自律神経系は今どの位置にあるのか」を把握することができるようになると、
「どうしたら少しでも苦しさを軽減できるか」について状態に適した対処を取れることに繋がり、
さらに、不調になってもそれを当然だと理解しながら「安全にまた戻ってこれる」と見通しを持つことができます。
ポリヴェーガル理論は、これまでの心理療法とは異なる観点から自分を理解することができます。
それでは、ポリヴェーガル理論における自律神経の作用を理解すると共に、
ご自身の神経系の状態はどのラインが活性化されているかにも関心を向けていきたいと思います。
ポリヴェーガル理論
従来、自律神経は
「交感神経と副交感神経の2つから成り立っている」
と説明されていました。
ポリヴェーガル理論は、まず「副交感神経は腹側迷走神経と背側迷走神経の2つある」と発見しました。
そうなりますと、従来の「自律神経」の概念が覆り、
「交感神経と2つの副交感神経の計3つの枝で構成されている」と見出しました。
加えて、従来「交感神経と副交感神経が“拮抗して”作用する」とされてきた点を
危機的状況においては「腹側迷走神経→交感神経→背側迷走神経」の“順番に”
反射反応として作用していると提唱しました。
この作用の順番は、生き物の系統発生の歴史に沿っています。
そして、神経系の反射反応の基準は「安全かどうか(危険かどうか)」であることをポリヴェーガル理論では強調しています。
「安全」の反応を述べる前に、
まず「危険かどうか」という「危機」に面したときの自律神経の反応から紐解いていきたいと思います。
腹側迷走神経
生き物における神経系の発達は、古くは爬虫類から哺乳類へと進化していきました。
腹側迷走神経は生物の進化の過程では最も新しい神経系です。
私たち人間が生きるためには「他者と交流しながら生活を維持する」という「社会的交流」が生存に必要になったことで、
それまでの爬虫類などの生物から新しく神経系が発達しました。
腹側迷走神経は神経系が「安全だ」と反応したときに活性化されます。
腹側迷走神経が活性化されていると、遊ぶことができ、楽しめ、
他者とのつながりを持つことができるとされています。
腹側迷走神経が活性化されるためには、神経系が「安全の合図」を受け取る必要があります。
それは外部の音や人の声、他者の目つきなどが「読み取られる合図」の代表とされています。
その合図を反射的に読み取った結果、
「安全ではない」と反応すると、身体は「戦闘モード」に移行します。
交感神経
交感神経は「戦うか逃げるか」で表現されるように
「可動化」を司っています。
「どうも安全ではないようだ」と神経系が反射反応し、
腹側迷走神経から交感神経にスイッチし、
「戦うか逃げるか」を瞬時に判断します。
「可動化」つまり「動こうとする作用」と捉えてみると、交感神経がもたらす精神作用の理解が深まります。
具体的な出来事が存在するかは別として、
「充分には安全ではない」と反応しているとき、逃げたり戦ったりできるように、心身は直ちに準備します。
それが精神状態では、イライラや不安感、焦りといった「行動につながりそうなザワザワ感」を生じさせます。
行動では、実際に何かを攻撃したり、逃げたりする直接的な対処はもちろんのこと、暴食などの衝動的な行動にも繋がります。
そうすることで、危機的状況を乗り切ろうと働きます。
けれども、「逃げることも戦うこともできない」と判断すると、
「生命の危機」と神経系は認知し、
最も古い「背側迷走神経」にスイッチし、生き残りに賭けます。
背側迷走神経
背側迷走神経は、「固まる(フリーズ)」ことで生き残ろうとします。
これは古くは爬虫類がじっとして何時間も動かないことで敵から攻撃されることを防ぐ神経経路です。
動物行動学ではこの状態を「持続性不動状態」と呼んでいます。
「不動化」が生き残りに寄与することは、
「猫にかまれたときにネズミがビクともしなくなる」「熊に出会ったら死んだフリをしろ」というような形で知られている
生存スキルです。
人間にも備わっており、「戦うことも逃げることもできない生命の危機」に瀕していると反応すると、
「シャットダウン」します。
これは、精神医学でいうところの「解離」であり、行動では「無抵抗」となり、意識や感覚は麻痺します。
そうすることで、その場の痛みを軽減したり、被害が大きくなることを防いだり、生存するために自動的に作用します。
しかし、人間が「生命の危機」に対して「背側迷走神経」が活性化されると、
その後に安全になっても解除されにくいと指摘されています。
そのことによって、安全な場であっても安全の合図を受け取れない、自分が自分でないような感覚がつきまとうなど、
トラウマ反応として苦しみを生んでしまうと説明されています。
トラウマがあるとき
ここまで、「危機」に瀕したときに、系統発生の進化上で新しい経路から順番に作用すると説明してきました。
最も新しく発達した神経回路である「腹側迷走神経」がまずファーストチョイスされ、
「話し合う」「遊ぶ」などができるか判断し、
それが難しそうだとなると「交感神経」の「戦うか・逃げるか」の段階に下り、
戦うことも逃げることもできないとなると、
生物の進化の歴史上で最も古い神経経路である「背側迷走神経」が作動し、
「シャットダウンや解離」を起こすことで命を守るというのが、ポリヴェーガル理論です。
ただし、誰もがどのような状態でも「腹側迷走神経」が充分に働くことができるというわけではないことがポイントです。
加えて、人間は他者と安全に交流できる状態が生命維持に必要であるという観点から、
逆にいえば「孤立はトラウマ的出来事」と指摘されています。
これは物理的な「孤立」に限らず、「誰にも分かってもらえない」というような精神的な「孤独」も含んでいます。
「協働調整」の重要さ
「腹側迷走神経」の発達には、「協働調整」が必須とされています。
「協調調整」とは、自分と他者との交流によって、自身の状態を調整することを意味します。
例えば「子どもが鬼ごっこしながら遊ぶ」というような、
「これは本当に攻撃しているわけではないですよ」という合図を他者と送りあいながら関わることで
「安全感」が育ち、その状態が「腹側迷走神経」の発達に繋がります。
プラスワン
ポリヴェーガル理論では特に「遊び」の意義を強調しています。
精神疾患を抱えている人の多くは「遊ぶことができない」という傾向があると指摘しています。
つまり、幼少期に親を代表とする他者と、協働調整となる安全な交流ができなかった場合、
神経系は常に「危険モード」にスイッチする習慣ができていることが珍しくないといいます。
その場合、腹側迷走神経の作用である「安心しながら活動する」ということの実感に乏しいかもしれません。
けれど、大人になってからでも神経系を調整することは充分に可能であると述べられています。
回復過程
トラウマに関連する状態からの回復という観点で理解するとき、
背側迷走神経からいきなり腹側迷走神経に行くのではなく、
交感神経を通るとされています。
なので「イライラ」「不安」「焦り」などを感じる状態は場合によっては
「可動化」が可能になってきて回復の予兆であると理解できるケースが少なくありません。
この視点を持てると、「何もできない」という「不動状態」から、
神経系が「動こう」と変化し始めた現れである精神的反応としての「イライラ」や「焦り」「不安」などを、
「悪化」と誤認してしまったり、そんな自分を不要に責めてしまったりすることを止めることができるようになっていけるかと思います。
疲労の理由
ポリヴェーガル理論での「背側迷走神経」は「不動化」「シャットダウン」とされますが、
別の表現をすれば、「低覚醒」となり「抑うつ」や「無気力」などを含みます。
一方「交感神経」は「戦うか逃げるか」の「可動化」とされますが、
「過覚醒」と表現することもでき、「過活動」や「衝動性」「警戒心」などを含んでいます。
神経系が「安全ではない」と反応している「心身が苦しい状態」では、
「背側迷走神経」と「交感神経」を行き来しながら調整を試みているので、
「過覚醒か低覚醒か」という両極端な状態を行ったり来たりしなくてはならないために、
常に疲れきっていて、ほとんど余力が残っていないというケースは非常に多く見られます。
「ほどよい覚醒状態(腹側迷走神経)」にはなかなかなれないので、
健康な人よりも表面的な行動量は少なくても疲労度合いは重くなります。
「安全」で居られると
ここまでの自律神経系の作用は、「危険かどうか」を出発点にしており、
病気を代表とする「苦しい状態」から心身の反応を理解してきました。
この項目からは、「安全」がベースになった場合に、それぞれの神経経路が同時に作用する状態について知っていきたいと思います。
「安全がベースになった場合」というのは、
「腹側迷走神経」が安定して作用し続けられている状態になります。
腹側迷走神経と交感神経
腹側迷走神経と交感神経が共に活性化されると、
「安心しながら活発に動く」という状態が可能になります。
「仕事をする」状態としての理想とイメージすると分かりやすいかもしれません。
一般的に大人が好んでする「運動」も、交感神経と腹側迷走神経の協働作用といえるでしょう。
さきほど触れた「遊び」も、ほどよく覚醒しながら安心して楽しめる行動の代表です。
ご自身を振り返って、「交感神経と腹側迷走神経」が活性化されている状態はどのようなときか、少し思いを巡らせてみてください。
それは例えば「信頼できる人と仕事をするとき」かもしれません。
「子どもと外食しに行く」ときかもしれません。
「天気の良い日にのんびりと外を散歩する」ときかもしれません。。
ご自身の身体(神経系)が喜ぶ反応を見つけて増やしていけたらと思います。
腹側迷走神経と背側迷走神経
腹側迷走神経と背側迷走神経が同時に作用すると、
「安心感に包まれながら不動化できる」状態になります。
これは、「他者と居て、沈黙が苦しくない」ことであったり、「誰かと共に眠る」ことであったり、
非常に心地の良い「不動化」の状態です。
危険に対する防衛策としての「不動化」ではありません。
この「不動化」は「マインドフルネス」の記事で述べたこととも繋がります。
「自分に共感的な注意を向ける」ためには「安全感」があることが前提になります。
ですので、深いトラウマがある場合、「マインドフルネスはピンとこない」という感覚は神経系の作用として当然の反応だといえます。
マインドフルネスのような特別なことをせずとも、
「恐れずにじっとしていられる」ことが日常の中で少しでも見つけられるなら、
それはどんな場所でどのような状況であるのか理解を深められると、
ご自身がさらに安心感を積み重ねていける助けになると思われます。
例えば「音楽を聴く」「温かい飲み物を飲む」「好きなドラマを見る」「ペットと寝る」「好きなキャラクターグッズを眺める」etc。。
「自分はどうも腹側迷走神経が活性化していないようだ」という場合でも、
「安心しながら静的にくつろいでいる状態」は意外と見つけられるものです。
ご自身の身体の調整能力を見つけてあげてほしいと思います。
神経系を調整していくために
ポージェス博士はポリヴェーガル理論において「脳と身体の双方向による作用」と説明しています。
先に述べたように、神経系は意図するよりもはるか前の段階で反応しているとされます。
ただし、意識や脳はそれらの反射反応を一方的に受け続けているのではなく、
脳からも神経系に影響を与えています。
反射反応に比べると多少の時間はかかりますが、
神経系の仕組みを理解し、考え、試していく中で、
調整ができるようになっていくことが可能だとされています。
なぜなら「人は誰しも調整能力を備えているからだ」と、
ポージェス博士は科学的に力強いメッセージを送ってくれています。
自分を理解する
先の項目でも「安心しながら活動できる状態はどんなときでしょう?」といった形でご自身の反応を振り返ったかと思います。
このように自分の状態を神経系の反応という新しい観点から理解することが、
それ自体で治療効果をもたらすことが少なくないと報告されています。
ポリヴェーガル理論の臨床応用として功績を挙げたとして知られているのは、
何らかの被害に遭ったとき「抵抗できなかった」「固まってしまって逃げられなかった」といった「凍りつき」を、
科学的に「当然の反応」と証明したことで、
被害者がそれまで抱いていた自己嫌悪感や恥や自分に対する不信を劇的に軽減させたことが最も有名になっています。
この「解離」に限らず、
「どうして人を信用できないのだろう」「なぜ怖いのだろう」と自分に納得できないことがあるとしたら、
それは神経系の作用から考えてみると理解ができるかもしれません。
例えば、疲れきり「不動状態」になり1日のほとんどを横になっているというとき、
背側迷走神経が活性化されているわけですので、
「寝ている」だけでなく同時に「意欲低下」「落ち込み」を生じることが当然の反応といえます。
そのようなときは、無理に「意欲を出そう」「動かなくては」と思わずに、
エネルギーがもう少し溜まるまで待ちながら、
「1人で静的にくつろげる何か」をすることで少しずつ安心を取り戻していけるといいのではないかと思います。
加えて、安心感が失われ「背側迷走神経」や「交感神経」が活性化されているときには、
外部から「安全のサイン」があったとしても、それを受け取りにくくなっています。
それよりも「危機のサイン」に過敏になっているために、
「安全の信号」はスルーしやすい状態です。
なので、誰かを頼れなかったり、些細な一言に深く傷ついてしまったりしたとしても、
無理もないことだと神経系の作用からは説明できます。
「瀕死の状態」を「今だから」と理解する
先ほど述べたように、心身が傷ついて動けなくなった状態であるならば、
そのときは希望や楽しみなど感じられなくても無理もないのです。
そんなとき、どうか「“今は”と意識して」欲しいなと思います。
「今は」とにかく徹底的に休む時期であり、
そうなると神経系は「背側迷走神経系」にスイッチしているので、精神状態は「抑うつ」「麻痺」「意欲低下」となるのであって、
少し先の神経系は休んだことで変化していきます。
何かせずとも、ご自身の身体反応に寄り添ってあげるだけで、
神経系の「安全」の反応に繋がっていくことができると思います。
「安全のサイン」を意識する
さきほど「安全の信号」より「危機」に敏感になっていると述べましたが、
身体が「危険モード」になっていたらなお更ではありますが、
もともと私たちは生き物である以上、「安全」のサインや感覚よりも「危険」に敏感にできています。
その「危険に対する適応策」が「トラウマ」として説明されます。
「トラウマ反応」は、かつて危険だったときに有効だった「適応策」が、必要なくなった今でも活性化されている状態で、
心身は「安全ではない」と反応することに慣れてしまっています。
そこで、意識的に「危険信号」より「安全のサイン」を見つけるようにしてみましょう。
それは前の項目で少し振り返った
「安心しながら活動できる状態」や「くつろぎながらじっとしていられる状態」「安心して話ができる人」
などを発見してあげることになります。
ご自身の身体が安心できることを脳が理解し、意識的に繰り返してあげられると、
脳と身体が双方向で調整ができるようになり、
そのことは何よりも「安全感」を連れてきてくれると思います。
「戻ってこれる」と見通せる
「わからない」という状態は、思っている以上にストレスになります。
ましてそれが「自分」であったなら、ストレス原が明白であるよりも苦しみを生んでしまうように思います。
その「分からない」がもたらす苦しみの1つが
「この先どうなるかわからない」「自分の今の苦しみがいつ終わるのかわからない」という
「見通しが持てないこと」だと思います。
ポリヴェーガル理論による「神経系の働き」を理解し、
それぞれの神経系が活発になっている状態を知り、安全感を感じられるときはどんなときかを知っていけると、
一時的に「危険モード」になっても「当然の反応なんだ」と混乱せずに済みます。
加えて、神経系は変化していることがわかるので、不調に対して「いずれ落ち着く」と見通しをもつことができます。
さらに、「くつろげること」を意識的に取り入れることで、
「危機モード」と上手に付き合うことができたらなお一層「安心に戻れる」と実感できるようになれるかと思います。
↓押してくださると寝子の腹側迷走神経が活性化されます!!
↑皆さまの一押しは、「腹側迷走神経に根ざした交感神経の活性化」になり、
寝子が喜び踊り舞うことができています!
日に日に寒くなり、陽が短くなって、季節の移り変わりを感じますが、みなさまの神経系はどのように反応されていますでしょうか?
秋晴れが続き、紅葉もキレイな場所がでてきて、食べ物も美味しく感じられる季節ですね。
これからの寒い季節、苦手な方も多いことと思います。
寒さは生物にとって生命の危機ですからね、「そりゃ冬眠したくもなるわな」と思いながら、自分と仲良くしていけたらと思います。
最後までお付き合いくださってありがとうございました!
またのお越しをお待ちしております(*^_^*)