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性被害サバイバーの1事例

ある性被害サバイバーの話46 ~【後日談②】「臨床心理士になる」ということ~

 

今回は、私の「臨床心理士になる」という夢が持っていた意味

なった後のその変化についてお話したいと思います。

 

忘れるわけにはいかない

よく「忘れたいけど忘れられない」と言いますね。

私も「忘れたいのに忘れられない嫌な出来事」が山のようにあります(苦笑)。

 

一方で、性被害は私にとって「忘れたい」ではなく、

「忘れてたまるか」という気持ちに、長い苦しみの中で変化していきました。

 

大きな被害である2回とも、加害者は裁かれていません。何の罰も受けていません。

私がこんなにも傷を負って人生が狂ったことも知らずにのうのうと生きていることでしょう。

 

だから、彼らの犯した罪を覚えているのは私だけです。

私が忘れてしまったらそれこそなかったことになってしまう…。

 

「忘れようとしても忘れられない」ということを認識した上で、

「忘れられないのではなく、忘れないのだ」と意志を持つようになりました。

 

「被害者」以外のアイデンティティ

「忘れないぞ」と誓った私にとって、

「臨床心理士になる」ということは、

「被害者であるということを意識しないで済むようになる」という意味になっていきました。

 

なぜなら、「臨床心理士は被害にあったからなった」ので、

「忘れないぞ」と被害体験を意識しなくても忘れないでいられることになる。

(意味わかりますでしょうか?寝子の屁理屈なので理解できなければ遠慮なくスルーしてくださいね)

 

私はストレートで夢を叶えられていない上に、私にとっては中2のころから目指しているわけですから、まー長かったです、心理士になれるまで。

その間、いろんな人に「夢があっていいね」的なことを言われましたが、

内心は「別に夢を持たなくても生きていけたなら持ちたくなかった」と思っていました。

 

あと、3年間も院浪人していたので心理士になってから「よく諦めなかったね」とも言われましたが、

「あきらめても生きていけるなら諦めてるよ」と内心思ったものです。

 

「偏り」が支えに

私と全く同じケースはないと思いますが、このように被害にあったその人それぞれの信念というか、考え方があって、

うっかりそれを傷つけてしまうことがあると思います。

 

ただ、それは仕方がないことでもあるので、人との行き違い自体はなんともいえませんが、

被害の傷から立ち直る過程には、んらかの強さというか、変わった思考というか

一般の人とは噛み合わないけど、ある種の偏りのような心持ちが必要なのかもしれないと思います。

 

「偏り」は時に支えになっていることも

私にように「職業を目指す」という分かりやすいパターンに限らず、

何かを強く嫌悪したり何かを妄信したり

それがときにはその人の苦しみとなっているように見えることもあるけれど、

本人はこだわっている場合、

それはこれまで生きるために必要なエネルギーを生み出すためのものだった、ということがあります。

 

「臨床心理士」という夢

中学2年のときに決めた「カウンセラーになる」という夢は、

私の全てになりました。

 

途中で死にたくなっても「死ぬなら臨床心理士になってから死のう」、

加害者や社会に復讐したい気持ちから反社会的行動を取りたくなっても

「人生を棒に振るのは臨床心理士になってから」と思う気持ちが食い止めました。

 

また、意識化せずに抑圧していましたが、

家族に対する強い怒りや憎しみ、たくさんの深い傷つきも、

「臨床心理士になるんだから」という意識によって抑えられたのだろうと思います。

 

被害に遭った「意味」

私は「意味を見出したかった」気持ちが強かったのだと思います。

今は、「生まれてきたことも被害にあったことも意味などない」と思っています。

(ただ、これもあくまで私の結論ですので、意味を見出せている人はもちろんそれがその人らしさなのだと思います。)

 

でも、当時は「意味がないなんて耐えられない」から、

意味を見出そうと「カウンセラーになろう」と思ったのだろうと思います。

 

唯一の「まっとうさ」

当時、強く意識していたことは「被害にあった意味を見出したい」という気持ちでした。

ただ、過ぎ去った今振り返ると、他の記事でもかいているように、

「臨床心理士になる」という夢は、私にとって、唯一の支えで、

趣味も何もない自分の中で「臨床心理士になる」という部分だけは

「自分はまっとうな部分がある」と実感できたのだろうと思います。

 

被害に遭い、病気になり、誰からも理解されず、自分でも自分を否定的に見る中で、

「臨床心理士になる」と思うことは、自分の中に少しだけであっても

「健全さ」が存在することを感じることができたのだろうと思います。

 

臨床心理士になった後の世界

私は臨床心理士になって、驚くほどに情緒が安定しました。

もちろん、仕事で傷つくことや不安なこと、ストレスはたくさんありました。

けれど、「一生臨床心理士でいる」という気持ちに迷いはなかったので、

それは日々の根本の支えになり、覚悟ができたことで、

仕事においてもブレずに安定して取り組み続けることができました。

 

居場所ができた

このブログを書くために

「どうして臨床心理士になってあんなに安定したのだろう」と考えるようになり、

それを言語化したいと思っていました。

 

そして結論としては「居場所ができたのだろう」という思いに至りました。

 

それまでは、どこに居ても誰と居ても私が「居ていい」と思えるところはなかったのだと思います。

 

「心理士」という資格と職業は、理屈ではなく、私の確固たる居場所になったのだと思います。

だから、不思議なほどに安定できたのだと思います。

 

外部の変化

一方で、シビアに社会を考えたとき、私だけの要因ではないことがあると思います。

それは、「臨床心理士」として働くことで、

職場で関わる人たちに一定の権威性を持っていたのだと振り返っています。

 

「臨床心理士」という資格は、大した権威はないし、一般の人たちにはさほど知られていない資格です。

けれど、「臨床心理士」として働く職場内では、

その資格が「大学院を出ていないと取れない」ことであるとか

「専門職」であることが周知されています。

 

そのため、私は新人のころから「臨床心理士」として雇用された場所では

セクハラやパワハラに遭うことがそれまでに比べて格段に少なくなっていました

 

この世の卑劣さを現しているような気もします。

 

けれど、自分にとっても周囲にとっても「臨床心理士」という肩書きは、

私をしっかりと守ってくれる機能を果たしてくれていたのだと思います。

 

ブログによる気づき

私は他の記事で

「臨床心理士になるということで全てを見ないようにしていただけで、自分に向き合ってこなかった」と書いています。

今回、ブログによって「言語化しよう」と向き合って、気づけたことがありました。

 

それが「居場所」であったり「周囲の変化」であったりします。

 

あともう1つ、

ブログを書いていて、私は多くの人に読んで欲しいと思う記事は、

「ある性被害サバイバーの話」より、

ツイッターで宣伝している一般の人たちに向けた記事の方をできれば多くの人に読んで欲しいと思っています。

 

そんな自分を省みたとき、「私の心理士としての核は、もう被害者ではないのだ」と思いました。

 

あまり自分の事例に思いはありません。

 

それよりも、今まで臨床をしてきてわかったこと、苦しんでいる方に伝えられたらもしかしたら少しだけでも役に立つかも知れない見解を伝えたい。

 

心理士になろうとしたきっかけは犯罪被害であったし、それがなかった人生はどうであったのか全くわかりません。

 

ただ、今、心から大事に思い敬意を抱いている職業に対し、

「ただ被害にあったからだけではなく、自分に合っていたのだ」と思えるようになったことは、

ほんの少し、私の救いになりました。

 

だからといって、「あのことがあってよかった」などとは決して思いません。

 

でも、トラウマというものは、

それで自分の全てが汚染されてしまっているような気持ちになってしまうことがあります。

 

私はそう思っていたけど、もしかしたらそれだけではなく、

ただ単純にこの世界が好きで合っていたのだろうと最近思えるようになり、

そのことは静かな喜びを連れてきてくれます。

 

 

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「ある性被害サバイバーの話」は、

時系列で私の人生を述べるのは「臨床心理士合格まで」のつもりでしたので、

それ以降のことは期間を区切って書く予定はありません。

 

けれど、今回のように全体的にまとめたり、あと一般化できそうな事柄に焦点付けた記事は今後も書いていけたらと思っておりますので、

 

これからもどうぞよろしくお願いいたしますm(__)m

 

 

今日も最後までお付き合いくださってありがとうございました!

 

またのお越しをお待ちしております♪

 

 

 

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