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日記

【ツイッターでのある炎上案件で考える】二次加害と被害者の孤独(寝子の独り言)

2021年5月13日

 

今日は、つい先日起きました、ある支援者のツイートが物議をかもした件についての寝子の気持ちの吐露です。

 

ただの私の気持ちの整理のために綴ろうと思います。

怒りなどの負の感情を喚起してしまう内容で、心理に関する情報を提供する記事ではないので、

不快な思いをされたくない方やご興味ない方はスルーしてくださいね

 

 

現在は、該当するツイートは全て削除され、事態は収束にむかっているようです。

物議をかもしたツイートは、性加害が起きた支援団体の役職についていて、かつ、

カウンセリングサービスを提供している会社の代表が投稿したツイートでした。

 

その方の一連のツイートを(私が勝手に)要約をすると、

 

「被害に遭って怒ることも許せないことも当然。だけど許せないと自分も周りもツライから許せたほうがいい。

怒りは怒りの連鎖を生み、新たな加害を生みます。許して良い方向にいきましょう。」

 

という内容でした。

 

 

どうしてだか、私はものすごく腹が立ち、今日に至るまで怒りが消えません。

 

 

「どうしてだか」というのは、「怒るべきことではない」ということではなく、

私は今までさまざまな二次加害を見てきたし受けてきたし、

そして支援者として決してやってはいけないけれど、気付かないところで私自身が被害者の人を傷つけてしまったこともあると思います。

 

だから、こういう支援者の二次加害は、怒るよりは支援者としてのわが身を振り返らなければいけない機会です。

一方、被害者としては、一時頭にきても、怒りをもち続けられるほどの気力体力が私はありませんでした。

 

それなのに、今回はどうしてもスルーできなかった。

このツイ主さんが言うところのまさに、このツイートを「許せない」

 

そして、炎上の発端になった一番最初のツイートおよびその釈明のためのツイートの内容からは、

「事件を起こした加害者は解雇したんだから、もう終わったこと。いつまでも文句をいっていないで、これから先の人生に目を向けましょう」

という風にこの方は思っているのだと読み取りました。それを何百倍もキレイな言葉にしただけ。

(すみません、あくまでも私の解釈です。)

 

終わったこと・・・・。

 

加害者や加害者が所属していた組織にとっては過去のこと

でも被害者にとっては今現在も傷ついている真っ只中で、

そして被害者の未来は被害によってまるで変わってしまうのです。

 

こんなこと書くと、擁護派から「終わったことなんて言ってないだろ。感情的になって誤解している」と攻撃されそうですが、

私のブログなんて彼らは読まないでしょうから好きに書きます。

さらにいえば「○○だなんて言ってないだろ」と、

こちらの「(実際は的を得ている)言い換え」を「そうは言っていない」と揚げ足をとってくるやり方もよく見聞きしますね。

 

 

このツイ主さんは、「本当に良いと思って、傷つけるつもりなど本当になく、自分は善行をしている」と心から思っていると私は推察しています。

そして社会的にも善良な人なのだと思います。

 

だからこそ、二次加害という問題は根が深いのだと再認識しています。

 

世の中の「強者弱者の構造」や「二次加害」「二次被害」を凝縮したような典型的な出来事だと感じました。

さらに、アンコンシャスバイアス(無意識の偏見)が露呈してもいます。

本当に、私自身も支援者として自戒しなければならないと思います。

 

 

被害に遭うと、衰弱しますし、不安定にもなります。

そんな中で被害の傷と向き合うときには、言葉にするときに感情的になって当然です。

なんにも悪くないし、おかしいことじゃない。

 

それなのに、あちらは「感情的にならずに冷静に話し合おう」などと、まさにトーンポリシングしてきます。

 

最も残念なことは、それらを「善意」で、被害者側は感情的にならざるを得ないということを全く理解できていないということも「無自覚」に行ってくることです。

 

そして、それを被害者の側がおかしいと思っても、こちらにはさらに言い返せるパワーが残っていないことも多いのです。

がんばって反論したとしても、それでスッキリしているなんてことはなく、更なる傷を負っています。

 

 

このツイートは、さまざまな批判をあびたようです。同時に、擁護する意見もみられました。

 

私は心理の世界で、このツイ主さんを以前から知っていました。でもそれは関係ありません。

ただ、私は知っていただけでしたが、彼女と共に仕事をしてきた心理の先生方が、その団体から「離れます」と宣言する人もいれば、

「彼女は傷つけるつもりはなかったと否定しているのだから問題ない」と言う人もいました。

 

ほとんどの心理の人たちは、直リプや引用RTをせずに、あいまいにしながらも意見や感想をツイートしている人たちが多かったです。

そのような中で、彼女の発言を擁護する心理職の中に、私が現在も一緒に仕事をしている人たちがいました。

その人たちは、もちろん悪い人ではありません。ただ、性被害や二次加害に対しての認識が私と違うのだと分かっています。

 

でも、他の件での考え方の違いは許容できても、

この件に関して「彼女がかわいそう。会社が保てなくなる。あまりにも感情的になりすぎ」「個人攻撃してなにが楽しいのか」等とツイートしている知人たちをみて、

 

「この人たちと縁を切ろうか」と思いました。

 

「一緒の仕事」というのは臨床現場で一緒なのではなく、

「同じ研究を複数でしている」という類の仕事ですので、私だけが抜けようと思えば抜けられるのです。

 

私は決して、彼らを嫌ってなどいません。今でも。

同じ研究仲間として、同じ心理職として、すごく大事な仲間であり、先輩であり、人柄も大好きです。。。

 

でも、私には、「被害に遭ったからといって、いつまでも怒ってないで許しましょう」などと、

犯罪を起こした組織で上の立場だった人間が言う、そうでなくても、心理支援に携わる者が言ったこの発言を、

他の心理職が「二次加害だ」と認識せずにかばうことは、許せないと思いました。

 

 

「彼らと一緒の仕事を辞めて縁を切ろうか」と考えながら、ふと気付きました。

 

 

ああ、私は今までこうやって人との縁を切り、人に心を閉じ、将来に繋がる機会を失い、孤独になっていったのだと。

 

 

「二次加害」というのは、健康な人にとっては「スルーすればいい」くらいの、かすり傷にすらならないことかもしれません。

でも、被害者にとっては、致命傷になりえるくらいのものです。だから、できるだけ二度と遭わないように自分を守らなくてはいけない。

 

私の場合は、その手段の1つが、二次加害をしてきた相手やその環境から去ることで、孤独になっていくことだったのだと思います。

 

親しい知人の不理解に対して、「話し合う」とか「他に良いところがあるんだから」とか、

そういう余力は残されていない被害者の方は、私だけではないんじゃないかとふと思いました。

そして、そのたびに言いようのない悲しい思いを重ねていることがあるのではないかと思いました。

 

 

「どのような行動をとっても痛手を負うのはいっつも被害者なんだ」というやりきれない思いを改めて感じました。

 

 

悔しい・・・・。

 

 

なんだか、ずっと抑圧してきた私の中での「悔しさ」がうわーっと出てきてしまいました。

 

 

「この世は理不尽」などということは痛いほど分かっているつもりです。

だからこそ、そのことに心を占められていると生きていけないので、

なんとかごまかしながら折り合いをつけながら歩いてる中で、こういうことに刺激されることはたまにありますね…。

 

 

ただ、今の私はかつての私より、回復はしているので、この問題にどう向き合うか、

今までとは違うやり方ができたらいいなと考えています。

 

お読みいただいて、不快な気持ちや憤りを喚起させてしまったら申し訳ありません。

 

 

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次回は、何度か宣言した「ストックホルム症候群」についてアップしています!

「ストックホルム症候群」は、とても大事な心理ですので、できるだけ多くの人に読んでいただけるよう、わかりやすい内容に努めています。

 

 

今年は梅雨入りが早いようですね。

「梅雨と心身との関係」についても記事にしましたので

梅雨の時期の過ごし方のご参考になれば幸いです。

 

最後までお読みくださって本当にありがとうございました。

 

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