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心理士の裏話 日記

『燃え尽き症候群(バーンアウト)』体験談 ~感情労働の疲労の実際~

 

今回は「燃え尽き症候群」について、

寝子の体験を書きたいと思います。

 

私の「思い出話」になりますが、少しだけ心理学的な知見も入っています。

 

「体験談」ですので、気楽に読めるといいなと思います。

 

『燃え尽き症候群(バーンアウト)』とは

『燃え尽き症候群(バーンアウト)』は聞いたことがある方も多いのではないかと思います。

 

『燃え尽き症候群(バーンアウト)』とは、

対人援助職者に多く認められる情緒的枯渇によっておこる「精神疲労状態」を意味します。

 

「バーンアウト」は、診断名ではなく状態を示す言葉です。

悪化すると、心身症やうつ病などを発症することがあり、「病気になるリスク要因」となっています。

 

「バーンアウト」への誤解

心理カウンセラーも代表的な「感情労働」の職種であります。

けれど、心理士業界ではあまり「バーンアウトに気をつけよう」という意識は低い気がします。

 

それはきっと、「自己内省を常にしていなさい」と教育され続けるため、

「“知らず知らずに枯渇していた”という事態にはならないよね?そういうことも含めて内省していたはずだよね?」的な圧力があるのかもしれません。

 

私自身も、「バーンアウト」は「心をこめて仕事をしても報われないために起きる」というイメージを持っていて、

児童相談所の職員や保護者クレームに悩まされる教員などを思い浮かべていました。

 

そこには職務に対してどこか「本当はやりたくないのに」というネガティブな気持ちや、

「こっちがせっかくやってあげているのに」といった押し付けがましさを抱く人がなるのではないかという偏見も、

正直なところ持っていました。

 

「自分はならない」という過信

私は「自分は絶対にバーンアウトにならない」と思っていました。

 

その理由の1つは、この仕事にやる気だけはあったからです。

でも、「やる気がある」からバーンアウトになりやすいことや、

バーンアウトに対して中途半端な知識であったための間違った自信であったことが、後にわかります。

 

もう1つの理由として、私が「自分は絶対にバーンアウトにならない」と確信していたのは、

「臨床心理士になり、臨床心理士であり続ける」ということは、私が生きるために必要不可欠なことでした。

だから、「燃え尽きました」という状態は、私にとっては「生きていけない」ことと同じだったのです。

 

だから「自分は絶対にバーンアウトにならない」と、何の疑いもなく、思いこんでいました。

 

そんな私が、見事にバーンアウトした体験談です。

 

寝子の職歴

バーンアウトになっていく過程までに、簡単に職歴を述べます。

 

「ある性被害サバイバーの話」で書いている通り、

私の性犯罪被害の加害者は教員であり、その加害者を学校は守ったということがあり、

 

私は、教員および学校組織が大嫌いですw

 

なので、臨床心理士としての働き先に「スクールカウンセラー(SC)」がありますが

「絶対にSCにはならないぞ!」と思っていました。

 

新人時代はSC

…しかし、大学院を卒業するときに、他のところには採用されず、

やっと採用されたのが中学校の相談員でした。

その流れで、SCになり、SCとしても働いていくことになります。

 

でも、私がずっとやりたかったことは「医療機関での個別カウンセリング」でした。

医療機関の勤務にも「テスター(心理検査取る人)」や「ディケアのスタッフ」などいくつかありますが、

 

私は!

成人の!!

精神疾患の!!

個別カウンセリングがしたい!!

 

という一貫した希望を持っていました。

 

これは犯罪被害と関係なく、

ただ純粋に「医療機関で大人の方の個別カウンセリングがしたい」と気づいたら志望していました。

 

5年後に医療機関に

ところが、先に述べたように、新人のころはSCしか雇ってもらえなかったのです。

SCをやりながら、なんとか医療機関にも入職しましたが、

その職務は「インテーカー」といって、初診の患者さんのアセスメントが職務であり、

カウンセリングはできませんでした。

 

SCはそれなりにやりがいはあり、心理職としては唯一給料が良いことがあり、多いときで週に4日やっていました。

トラウマにも繋がる教員との関連でストレスはありましたが、バーンアウトもせず、SCはそれほど情緒的消耗をしていなかったのだと後にわかります。

 

そんな感じで5年ほど経ち、私の生活も変化しました。

 

そして改めて

 

「医療機関で個別カウンセリングがしたいの!!!!」

 

という希望をかなえるために、いくつかの医療機関の求人に応募し、採用されました。

 

入職後

始めはずいぶん不安で緊張して、考え過ぎていたように思います。

でも、それ以上にやる気があった。

私が望んだ「個別カウンセリング」ばかりができ、

後ろには医師がいてくれて、患者さんに対して医師と心理士とで対応できる。

 

安心感

私が医療機関に勤めたかったのは、学校に対する恨みだけではありませんでした。

「学校」において、心理の専門家はSCだけです。

しかも一校につき週に1回がマックスの頻度です。

そのため、SCの主要な業務はカウンセリングよりも、教員とコミュニケーションをとりながらコンサルタントをしたり、

生徒の行動観察をして教員にフィードバックするなどの業務が主でした。

 

そして、「学校だけで抱えるな」を号令に、何かあると医療機関や教育相談を勧めます。

 

それ自体は良いと思います。

 

でも私は、自分でカウンセリングをしたかった。

SCでも、もちろんカウンセリングできます。

でも、専門家は他に誰もいないわけですし、自分だって週に1日しかいないし、っていうか、

「自分だけ」ってこんな心細いことなかったのです。

 

医療機関は、医師がいます。看護師や自分以外の心理士も複数います。

じっくりとカウンセリングを行うことができる環境です。

だから医療機関で働きたかった。

SCであれば重いケースは「他機関に紹介」しなくてはいけませんが、

医療機関であればほとんどは所属機関で抱えることができます。

 

そんな念願かなって入職した病院では、職務内容も院の方針も私にとても合っていました

 

そして、大変有り難いことに、まだ新人に毛が生えた程度であった私のことを、

院長始め、信頼し評価してくれました。

 

そのこともあり、私は本当に患者さんに対するカウンセリングに安心して専念できました。

 

数年後

もちろん、仕事をしていてつらいことや傷つくこと、悩むことはたくさんありました。

「辞めようかな」と思ったこともありました。

でも、そのたびに「今担当している患者さんの1年後2年後を一緒に見たい」という気持ちが勤務の継続の意欲になっていました。

 

心理士は基本的に「非常勤」の勤務で、曜日ごとに違う勤務先に行くというのが主流です。

つまりアルバイト。アルバイト先を複数持っているという形態です。

この雇用形態の劣悪さについては業界でいつも問題になっていますが、なかなか改善されませんね…。

 

私も最初、週に1日で病院に勤めだしました。

けれど、他の曜日の人が辞めるたびに「やりませんか?」という話しになって、

勤め始めてから早いうちに最終的に常勤になりました。

 

業務量の多さ

毎日、1日7ケースから8ケースカウンセリングをしていて、

「土日は寝込む」という日々になっていきました。

 

「1日のケース数が7ケース以上で毎日」は、多過ぎるケース数であることを、

当時の私は知りませんでした。

知人の心理士に「それは多いよ!」と言われても、「私へのねぎらいだろう」「やっている人もいるだろう」と思っていて、

「普通はこなせる数ではない」という認識を持てていませんでした。

 

当然ながら、医師はもっと知りませんから、「やってくれるから」と、どんどんケースを流してきます。

 

こう書くと被害的ですが、私自身がやりたかったのです。

 

医師が流してくれないと検査もカウンセリングも行えませんが、

「どれくらいの数を担当するか」については心理士それぞれで裁量がありました。

 

なので、心理士によって、業務量にかなり差がありました。

 

私は担当ケースが最も多かったですが、

当時は「1人でも多くの人に出会いたい。その後できればカウンセリングを卒業できるくらい回復してほしい」

と思っていました。

 

「慣れない」

私は当初「慣れるかな」と思っていました。

しかし、勤務日数を増やしてから1年経っても、

休日に寝込んだまま何もできない状態は改善されませんでした。

さらにそのうち、職場に行くと、

いいようのないしんどくて苦しい気持ちになるようになっていきました。

 

 

心理士が「自己内省」する必要は、まさにこういうときに必要です。

 

カウンセリングをする以上、心理士は健康でなければいけません

かつ、職務中は自分をコントロールできないといけません

そうでないと、患者さんを傷つけてしまう危険性があります。

 

このとき、「日数が多いのは無理なのだ」と判断し、勤務日数を減らしました。

 

日数を減らすのも大変

ただ、私はその後もその病院に勤めるのです。

カウンセリングは、基本的に担当心理士を心理士側の都合で変えることはできません。

心理士側の都合で変えられるときは「退職するとき」です。

 

患者さんから「あの心理士は嫌」ということであれば変えられますが、

そうでなければよほどのことがなければ変えられません。

 

私は1日勤務日を減らし、週に4日になると、残りの1日に担当していた人をどうするのか、ということになります。

 

結果として、全員他の曜日にねじ込むことで調整できました。

 

その後

勤務日数を減らした直後は、1日あたりのケース数が多く、昼休みがないなどの状況でしたが、

それでも1日休日が増えたこと、月日の経過とともに卒業していく患者さんがいるために、

1日のケース数ももとの8ケース前後に戻っていきました。

 

休日もそれなりに元気に過ごせるようになり、

「このままずっとこのペースで働いていくのかな」と思っていました。

 

数年間は順調だった

週に4日になってからは、数年間安定して働いていけました。

その職場が嫌だからというような意味ではなく、

転職が当たり前の心理の業界ですから「そろそろ他の職場も考えた方がいいかな」と思うことがありましたが、

そのたびに「今担当している患者さんの1年後2年後を見たい」という気持ちが強く、続けていきました。

 

私は、よく言うと真面目、悪くいうと不安が強い傾向があり、仕事に対してはそれが顕著でした。

日常生活は大雑把なのに、仕事に関することは神経質で、かなり心配性でした。

 

なので、「GW」や「年末年始」などの休みがあると、すごく嬉しく、

休み明けはエネルギーが充電されてしばし元気でいられました。

 

それが、ある年の年末年始の休みが明けたときに、

全然元気になっていない自分に気づきました。

 

異変

最初は自分の状態がよくわからなかったです。

1月に「あれ?休んだのに元気になってないな」と気づき、

でもさほど悩むことはなく、日々の業務にあたっていました。

 

じわじわと、

本当にじわじわと不調になっていきました。

 

今振り返ると、具体的な症状は思い出せないくらい、

本当にジワジワと心が暗くしんどく、苦しい状態になっていきました。

 

最も大事なことは、「カウンセリングを適切に行えるかどうか」です。

 

それについては、まだ「できる」と判断していましたし、

その時点でのその判断は間違っていなかったと思います。

 

「転職したい」

先に述べた「勤務日数」による疲弊は、短期的な問題だったのだと後から気づきます。

 

年明けから「よくわからない不調」を感じながら、

なんとなく「転職しよう」と考えるようになっていきました。

 

でもそのたびに「転職する意味はない」という結論になっていました。

やりたいことをやらせてもらっていたし、転職しても同じ職務内容がいい。

 

そうは思っても、2月から3月にかけて、いくつか応募してみるなど、転職活動を始めました。

 

でも、私がやっていることはおかしいのです。

 

カウンセリングは急に「辞めます」はダメですよね。

何ヶ月も前に告知し、患者さんの揺れにも対応し、今後のカウンセリングをどうするか話し合い、継続するのであれば次の心理士に引き継ぐ。

 

だから、今の仕事を辞める目処が立っていないのに、

転職活動して仮に採用されても働けるわけがないのです。

 

そのことは当時もわかっていました。

 

わかっているのに、求職活動していました。

 

でも、その状態で別のところに勤められるわけがなく、意味のない求職活動は早々に止めました。

 

「バーンアウト」と気づくまで

意味のない転職活動は止めたものの、具合が悪い状態は続いていました

 

春ごろになると「家にいて人と会わずに稼ぐことはできないだろうか」「FXをやってみようか」と考えるようになりました。

私は、FXも含めたギャンブルに強い抵抗がありました。

それは父親がギャンブル依存だったからです。

 

にも関わらず、やったこともない「FXをやってみようか」と考えている自分に気づいたとき、

どうしてそう思うのかとたどると「人と関わりたくない」という気持ちに気付きました。

 

 

・・・ん??

 

 

・・・どこかで聞いたぞ?

 

 

と思ったわけです。

 

 

「人と関わりたくないと思う」というのは、

 

 

バーンアウトの症状ではないか!!!

 

 

と、突然気づきました。

 

 

バーンアウトの代表的な症状

バーンアウトの症状は、大きく以下の3つが上げられます。

 

◆バーンアウトの代表的な3つの症状

  • 情緒的消耗感:疲れ果てた感情や、もうできないといった気分。
  • 脱人格化:支援対象者や他者に対して無関心になり、非情にみえる感情や行動をとることが増す。
  • 成感の減退:充実感や自己効力感を感じることができなくなる状態。

 

ケースによってどの症状が強いかは異なりますし、

ここであげる症状ではない形ででることももちろんあります。

 

また、私は一応は心理のプロですから、病気になってはいません

なる前に撤退しなくてはいけない立場です。

メンタルが健康ではない状態で心理業務を行ってはいけません

 

専門家は、「何ができるか」ということ以上に

「何をしてはいけないか」ということと「できなくなる危険性が出てきたら病む前に辞める」という判断ができなければいけません。

 

私は仕事に対する精神的消耗以外は健康でしたし、プライベートや生活はいたって健全に過ごせていました。

 

そのため一般的には、極めて「軽いケース」です。

 

実際は、心理士であっても気づくことは難しいのですから、一般の人はわからなくて当然で、

どうしてもご自身を頑張らせすぎて病気になってしまうことは決しておかしなことではありません。

 

一般的には、先ほどのバーンアウトの症状だけでなく、

食欲や睡眠の変化、気分の上下などのサインが表れていることが多いと思います。

 

だとしたら、本当に早急な休養の取得など、ケアが必要だと思います。。

 

長期的な枯渇

「業務日数の多さ」のときは「短期的」な過労だったと思いますが、

1日減らした後のバーンアウトは「長期的な枯渇」といえるのだろうと思います。

そのため、わかりにくかったです。

 

「土日は寝込む」などであれば、「無理なんだな」と早々に判断できますが、

本当にジワジワと不調になっていくと、それが「情緒的枯渇」だとはなかなかわからないものですね・・・。

 

それに、私は仕事が決して嫌じゃなかったし、むしろ前向きなやる気と、

カウンセリングと患者さんに対しては変わらないポジティブな気持ちを持ち続けていました。

 

冒頭に述べたように、「バーンアウト」は、もっとネガティブなものだと間違った思い込みがありました

 

やりたくないことをやらされたり、傷つくことを言われ続けたり、そういったストレスが原因となるとイメージしていました。

 

…とんでもなかったですね。

 

やりたい仕事で気持ちはたくさんあっても、

だんだん磨り減ってくことってあるんだと身をもって体験しました。

 

退職を決意

「バーンアウト」と気づいたのは、仕事に行く前の早朝のカフェでのことでした。

 

「バーンアウト…」と思い至ったら、

外なのにこれから仕事なのに涙が溢れてきて止まらなくなりました。

 

腑に落ちた感覚でした。

「間違いなくバーンアウトだ」と受け止めました。

 

バーンアウトであれば、職務を続けることはできません。

 

「バーンアウト」だと気づいた翌日に所属長に退職を伝え、

3ヶ月間かけて担当していた患者さんたちへの説明と今後の対処を話し合いました。

 

その間、私は急性胃腸炎になったり、

退職1ヶ月前ころには仕事終わりにはなぜか意味もなく涙が出るなど、

それなりに危なくなっていき「やっぱり退職を決めてよかった」という経過でした。

 

バーンアウトと気づいてから3ヵ月後、

大好きで、この職を志した頃からやりたかったことを気が済むまでやらせてくれた職場と、

できることならこの先も一緒に歩いて行きたかった患者さん達にお別れを告げ、退職しました。

 

悔しかった

本当に、ネガティブな理由なんてなかったんです。

辞めたくなかった。だから、凄く悔しくもありました。

けれど、これは私個人だけの問題ではなく、業界の問題でもありました。

 

カウンセリングにどれくらいの精神量を使うのかが心理業界ですらちゃんと認識しておらず、

医療領域の個別カウンセリングの重さや、1日あたりのケース数はどれくらいが適切であるのかなど、業界全体の認識があやふやです。

そして、医師会側は、もっとわからないでしょう。

実際、心理士それぞれの個人差が大きく、一概にいえないのだろうと思います。

 

退職1ヶ月前ころになると、私の具合もより悪くなっていて、

もっと続けたかったのにそうできなかった悔しさが、

業界や医師への不満として言葉に出てくるようになってしまっていました。

 

楽しかった

でも、どんなときも「この職場で働けてよかった」という気持ちはそのままありました。

あんなに心理士になりたくて仕方がなくて、やっとなれたけどSCで、

それで念願叶って雇ってくれた医療機関でそれこそ「燃え尽きるほど」やりたいことができたのです。

 

自己弁護になりますが、その医療機関で心理士としては私が一番長く勤務した心理士でした(自慢w)

 

防げたのか

「バーンアウトすることは防げたのか」と振り返ると、

今考えても「防げなかった」と思います。

職責を果たすとは、「長く勤めるために手を抜く」ことではありません。

そして、自分の人生、体調も含めて数年先なんてわかるわけありません

 

「体調不良による不適切な対応を防ぐ」ことはできたので、それで充分だと思っています。

 

私に限らず、体調やメンタルは、世の中で言われているほどコントロールできないと私は思っています。

だから、病気になったことを「防げたのに」とかいうのは、気にしなくていいと思います。

 

防げねぇよ

 

どっちかというと、自分のことを「自分でコントロールできる」と思っていることの方が、

ちょっと傲慢さを感じてしまいます。

 

ただ、重くなるととても苦しいので、できれば早めに気づけるように、自己理解はしていけたらと思っています。

 

こんな日がくるとは

私は、最初に述べたように、「燃え尽きる」なんていう事態がくると思ってなかったのです。

だって、心理士でいることは生きるために必要ですから。

 

だから、こんな日がくるとは、自分でもとても驚きました。

 

これは、裏を返せば、

 

心理士というアイデンティティがなくても生きていけるようになった

 

ともいえるんです。

 

そんな日が来るなんて、過去、苦しかった頃の私には決して想像できなかったことです。

 

 

そう思いながら、寂しくて悲しかったけど、辞めました。

辞めたくなかったけど、あのままやっていたら、それこそうつ状態などになっていき、患者さんに不適切な対応をしてしまっていたでしょう。

なんとか最善を尽くせる余力を残して辞めることができ、よかったです。

 

 

私はそれまでの自分史の中で「あの頃が一番楽しかった」といえる時期はありませんでした。

 

でも今は、

「私が一番幸せで楽しかった時期は、あの病院に勤めていたときだ」

と思えます。

そう思える日々を過ごすことができたことにとても感謝しています。

 

辞めても自分が担当した患者さんのことは覚えています。

 

人生は何が起きるかわかりませんから、あのとき担当させていただいた患者さん方に、

またどこかで再び関われるといいなと密かに願っています。

 

 

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ブログを読んでくださって本当に嬉しいです!!

いつもありがとうございます!!

 

 

場所は変わっても、これからもずっと大人の精神疾患を専門にクリニックに勤め続けたいと思っています。

 

この「バーンアウトで退職」の後日談も今後書くかもしれません。

 

寝子の思い出話にお付き合いくださってありがとうございました!

 

またのお越しをお待ちしております♪

 

 

 

 

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