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心理士の裏話 日記

【心理カウンセラー】トラウマティックな体験の有無は? ~向いているのはどっち!?~

 

今回は、

「カウンセラーはトラウマティックな体験があった方がいいのか否か」という視点に関して、

寝子の考えを綴りたいと思います。

 

本当に「私の個人的な考え」ですので、ただの日記です笑

 

お付き合いいただけるという奇特な方、ありがとうございます!

 

カウンセラーに向いている人とは?

「自分がツライ体験をしたから支援職を志した」というケースは多いと思います。

一方で、「トラウマティックな体験はなく、普通に育って支援職に就いた」というケースはもっと多く、より一般的でしょう。

 

今回は、そういった「トラウマティック経験者or非経験者」がカウンセラーになることについて私の考えをまとめました。

 

まず、「カウンセラーとは」という基本から述べていきたいと思います。

あくまでも私の考えですので、そうではないお考えももちろん良いと思っています。

 

カウンセラーとして

「カウンセラーはトラウマティックな体験があった方がいいのか否か」を語る前に、

カウンセラーの姿勢として、まず、

カウンセラーが自分の過去の体験を公にすべきではないと考えています。

 

プロとしてカウンセリングを行う者が、自分の過去のツライ出来事や、精神疾患体験談を公にすべきではないと思いますし、

ましてそれを「売り」にするなどもってのほかだと思います。

 

「自分もツライ経験をしたから」ということを、支援の際のメリットとして掲げてはいけません。

それはまるで「だから分かります」という、支援者側の驕りや怠慢に繋がると危惧します。

 

注意ポイント

「私も同じ経験をしたから分かる」というのは、友達や家族が言っていい言葉です。

心理カウンセラーは、この言葉で逃げることは許されません。

心理のプロがカウンセリングでクライエントに使ってはいけません。

その場は、「世間話」でも「お互いの相談時間」でもなく、

「カウンセリング」なのです。

 

なので私も心理の世界では今までずっと黙って隠してきましたし、今も「匿名」で行っています。

そして、私は自分の被害体験を明かしているツイッターやブログで、クライエントを募ってはいません。

仮に、ブログやツイッターを見て、カウンセリングをご希望してくださる方がいても、お引き受けすることはありません

 

なぜなら、クライアントさんにとって、カウンセラーはできるだけ無色でいる必要があるからです。

 

「無色」「鏡となるように」というカウンセラーの姿勢にはさまざまな議論があります。

 

ただ、少なくとも、「カウンセラーの過去の個人的体験」を自ら話すことは不適切だと私は考えています。

 

体験者の方の発信は貴重

ここではあくまでも「心理カウンセラー」と名乗って仕事としている場合を指しています。

自らの精神疾患の体験を発信されている場合などは、尊敬こそすれ、もちろん否定的に捉えてなどおりません。

そういった発信は、私たち専門家にとってもとても勉強になりますし、

同じ病気や状況の方々にどれほどの助けになっているだろうと思います。

本当にSNSができて素晴らしいなと感じます。

 

クライエントはカウンセラー側の要因に敏感

クライエントさんは、こちらが意図できる範囲に留まらず、さまざまなところに反応し、感じ、考えています。

分かりやすい例であれば、「カウンセラーが男なのか女なのか」「歳はどれくらいか」など

目に見える情報はいろいろな印象を与えますよね。

 

例えば「自分は男性カウンセラーだけど、性被害の女性のカウンセリングが得意だから、男性が怖い人でも自分だったらOKですよ」というカウンセラーはダメですよね。

それを決めるのはクライエントです。

 

そして実際にはもっと細部にわたって、カウンセラーの「雰囲気」「服装」「声」などなど、

さまざまな要因を感知して

「合う合わない」と感じたり、親近感を抱いたり、ときには抵抗を感じたりしていると思います。

 

このような意味合いで、カウンセラーは、どうしても目に見える属性以外は、

できるだけ主張しないほうがクライエントの利益になれると思っています。

これは「カウンセラーは地味が好ましい?!」という記事でのお話しと同じです。

 

なので、自分の体験を売りにすることはもってのほかですし、

クライエントさんの心境などを汲み取っていくには、

健康で安定していければいけません

 

こぼればなし

ただ、クライエントさんから「何歳ですか?」「どうしてカウンセラーになったんですか?」と聞かれたときに

どれくらい自己開示するかは、心理士それぞれの考えや臨床経験年数にもよると思います。

私は、新人のころは、「こちらの個人的な情報は言うべきではない」という教えの下に、明確な答えをせずにやんわりと回避していました。

でも経験を積む中で、もう少し柔軟に対応できるようになりました。

 

カウンセラーを知る時間にしない

「カウンセラーのことを知りたい」とクライエントさんが思うことがあります。

それは自然な感情で自由で、否定されることではありません。

 

ただ、カウンセリングの時間を「クライエントがカウンセラーを知る時間」にしてはいけないのです。

カウンセラーの個人の体験を出すことは、クライエントさんがご自身に向けるべき興味を奪うことになりかねません。

 

本来、自らに向けてあげるべき気持ちや時間や体力を

「カウンセラーさんは同じ経験をしてどうだったんだろう?」

というようなものにしてはいけないのです。

 

役割と方法の違い

心理カウンセラーとしてクライエントと関わるのであれば、

私は自分の体験を出すべきでないと思います。

 

けれど、「経験」を伝えることで誰かを助けられることもたくさんありますよね。

そしてそれはカウンセリングではできないことです。

ツイッターやユーチューブ、自助グループなどでは

「経験」を誰かの役に立てていらっしゃる方々をたくさん拝見します。

私も日々勉強させていただいております。

 

つまり、それぞれの役割の枠を大事にしたいと考えています。

 

なにもかも一緒にしてしまうのは怠慢だといわざるを得ません。

 

「経験者」と「未経験者」

「心理カウンセラーとは」ということを踏まえた上で、本題に戻りたいと思います。

 

私は臨床心理士になる過程で、さんざん

「経験者がカウンセラーになるのは危険」

「自分がツライ体験をしたからといってカウンセラーになるべきではない」という一般論を耳にしてきました。

それこそ耳にタコができるくらいに笑。

 

ただ、自分がそうだから過敏に反応してたという面もあると思います。

 

では、「トラウマティックな体験をしているカウンセラーは、

そうでないカウンセラーよりも向いていないのか。気をつけないといけないのか」というと、

全くそうではないと思います。

 

「経験者」であったら

冒頭の「自分がツライ思いをしたからといってカウンセラーになるべきではない」というのは、

「ツライ思いを自分がしたからといって、それで人を助けられるほど甘くないんだよ」

「その体験はあなただけのものであって、それで人の気持ちが分かると思ってはいけない」

等という注意だと思います。

かつ、「不安定になるのではないか」という「健康」に対する不安を抱かせるのだと思います。

 

「未経験」であったら

一方、逆のことも聞きます。

例えば、臨床心理士にとって間口の広いスクールカウンセラーの集まりでは

「学校が楽しくて好きだった。良い思い出しかない。だから臨床心理士になってスクールカウンセラーになった」

という動機で就いた心理士さんがけっこういらっしゃいます。

 

さきほどと逆に

「学校が楽しかった人に、学校に行けなかったりいじめられたり、先生に不満がある子どもの気持ちがわかるのか?」と。

 

つまり、「トラウマティックな体験」があってもなくても

どちらの場合もカウンセラーになるには自分に気をつけていなければいけないということだと思います。

 

どっちでもいい

私は、「過去のツライ体験」があってもなくても、

それ自体でカウンセラーの向き不向きが決まるわけではないと思います。

関係ない。

 

「トラウマティックな体験の有無」ではなく、注意しなければならないことは、

 

「自分の人生経験は臨床に影響する」という事実です。

 

これは、どんなに先入観を排除しようと思っていてもし切れません

「自分の人生経験が臨床に影響する」ということに対して

真摯に向き合い、内省を続けながら、カウンセリングを行わないといけません。

 

もし、「自分がいじめられて辛かったからカウンセラーになった」としたら、同じような人がクライエントとして来たとき、

「自分の主義にひきつけようとしていないか」

「当時の自分と同じ気持ちになっているはずだと決め付けていないか」などなど、

きちんと自分を律しながら、クライエントの気持ちや考えを引き出し、

それをできるだけそのまま理解していく必要があります。

 

一方、「学校が楽しくて先生も好きだったカウンセラー」が、

「担任の先生と合わずに学校にいけなくなった」という子どもがクライエントとしてきた場合、

 

「その子個人のせい」だと考えていないか、「先生にはそんなに悪い人はいないはず」という思い込みがないか、

「学校は行った方がいいに違いない」という自分の判断基準を暗に出してしまってはいないか、などなど、

本当に自分の内面に気付きながら、細心の注意を払って、目の前の人に向き合わなければいけません。

 

経験よりも知識

これも個人的見解ですが、支援に際して「経験と知識のどちらが必要か」と選ばなければならないとしたら、

迷わず「知識」と答えます。

なので、自分の経験がどうかよりも、まずは知識を得ましょう

学びましょう。そしてそれを続けていきましょう。

 

ちなみに、「経験」の中でも「臨床経験」はとても役にたちます。

ただ、「経験」はいずれにしてもそれを「知識」と一体化して初めて本当に役に立つものになるのではないかなと感じています。

 

やりたいことをやりましょう!

もし、「自分はトラウマティックな体験をしたから心理士になりたい」と思う人がいたら、

そのご自身の体験をコンプレックスに思わず

「臨床に活かせるくらいに人生経験として昇華する」くらいに思って、

 

ぜひがんばってください!

 

その人の「トラウマティックな体験」そのものに、カウンセラーになる利点があるわけではないかもしれません。

けれどもし、それゆえに、人一倍内省を繰り返し、自分の内面に向き合い、人との違いを理解する営みをしていたら、

それは立派なトレーニングになっているかもしれません。

 

「誰かの役に立ちたい」という気持ちはそのまま伸ばしていいと思っています。

よく「自己満足」「偽善」などといわれることがありますが、

では、医師や弁護士も、世の中に溢れる厚意も、必要ないのでしょうか。そんなことはありません。

 

人生は、自己満足です。偽善かどうかなんてせっかくの善意に水を差すようなことを考えなくていいと思います。

 

カウンセラーに限らず、「やりたいことがある」ということは素晴らしいことだと思います。

なので、自分の体験がどうであれ、やりたいことをやっていけたらと思います。

 

 

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私はずっと「自分が性犯罪被害者でカウンセラーになろうと思った」ということをコンプレックスに思っていました。

知られたら見下されそうで、危険視されそうで、同業者に対して過度に敵対意識を抱いていました。

 

でもそれは、私自身が自分を「欠陥人間」だと思っていたことの投影だったのでしょう。

 

完璧な自己満足ですが、

私はもはや妄想的にまで「トラウマ持ちは向いてない」という思考を心理業界の通念かのように強く思い込んでしまって、

誰一人、応援してくれる人がいないかのように勝手に孤独になっていたので、

 

どなたか、同じような方がいらっしゃったら、

 

「トラウマ持ちでもなっていいんだよ!大丈夫だよ!!ただ、一定以上は健康になろうね!」

 

と大声で声援を送りたいと思います!

 

 

今日も最後までお読みくださってありがとうございましたm(__)m

またのお越しを心待ちにしております!

 

 

 

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