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心理豆知識

自分を守ることの難しさ ~「嫌なら断る」は意外と難しい~

 

「自分を大切に」「自分を一番に考えて」とつい言ってしまいますが、

「自分を守る」とは、どういうことなのか、ふと考え込んでしまうときがあります。

 

きっと、どんなときもご自身がそのときにできる最大限のことをしているのだと思います。

 

ただ、そうはいっても

「どうしてあのとき断らなかったのだろう」

「なんであんなに無理してしまったのだろう」と、

当時の自分を理解できずに責めてしまうこともあるかと思います。

 

そこで、今回は「自分を守る」ということについて掘り下げていきたいと思います。

 

もし「あのときもっとこうしていれば…」と以前のご自身を責めるお気持ちがあったら、

その時の状態を理解し、自責感の軽減に繋がれば幸いです。

 

「自分を守る」とは

「自分を大切に」「自分を第一に考えて」等も同じですが、

「自分を守る」とは、具体的にどのような状態であるのか、学術的な定義はありません。

 

そこで、この記事では「自分を守るとは、不必要に自分が傷つかない行動を選択できること」と定義します。

 

具体的には「ブラック企業であれば辞める」「モラハラをしてくる人とは離れる」

「自分が好きな人や安心できる場を大事にする」「嫌なことをやり続けない」などを意味します。

 

「自分を守る」ために必要な要素

「自分を傷つかないように守る」という行為は、

実はいくつもの条件が必要な難しいことなのかもしれません。

 

そこで、「自分を守る」ために必要な要因を整理します。

 

体力

「守る」というと、受身的で静的なイメージですが、

「傷つきから守る」という防御力は、

「傷つけてくる外敵を跳ね返す」というパワーを要する攻撃性の一種です。

 

防御力は攻撃性です。

 

攻撃性はもとをたどれば体力です。

傷つき疲弊している状態ですと、体力がほとんどない消耗した状態であることが少なくありません。

そういった状態ですと、外部からの攻撃を跳ね返せずに心に入ってきてしまうことが起きます。

 

身近なケースを思い浮かべて見ましょう。

 

「私、人に嫌われても気にしないの」

 

と公言できるような方は、

他者のネガティブな意見を自分の中には入れずに跳ね返し、元気いっぱいなのではないでしょうか。

 

一方で「いつも他者の反応を気にしてしまう」という場合は、

基本的に消耗していて既に傷をたくさん負っていながら日々を頑張っていらっしゃるのではないかと思います。

 

不要に傷つかないためには、まず「体力」という身を守るベールを備える段階が必要になると思います。

 

自尊心

自分が蔑ろな扱いをされたり傷つけられたりしたときに、

「防御」できるためには「自分は傷つけられていい存在ではない」と思える「自尊心」が必要です。

 

「自分なんてどうでもいい存在なのだ」と思っていたら、

不当な扱いも「不当」とは思えず、傷つく状況のまま、とても苦しい思いをしてしまうと思います。

 

「自己肯定感が大事」と叫ばれる理由の1つに、

「不当な扱いを不当だと思うため」ということがあるのではないかと考えています。

 

本来は、どなたでも誰であっても、尊厳は守られなければなりません。

どんな人も理不尽な扱いを受けていいはずはありません。

 

しかしながら、現実には「不当で理不尽」な状況が存在してしまうので、

そのときにご自分でご自身を守るには

「自分は人として尊重されていい存在だ」と思える必要があるのだろうと思います。

 

本当は、そう思えなくても何も悪いことなどありません。

問題なのは、そこにつけこむ側です。

 

ただ、それでも、自分で守らなくてはいけないときのために、

しっかりと自分で自分を尊重してあげている必要があるのだと思います。

 

「構造」の問題

自分を守るためには、それが許される「構造」が必要です。

例えば、家庭内で子どもの立場であったなら、親から不当な扱いをされていたら、

「自分を守る」としたならば自己主張は許されず、親への気遣いなどになるでしょう。

 

「自分が不要に傷つかないための防御」とは、置かれた環境次第で対処は変わります

そのため、「断る」「嫌だと言う」などといったストレートな対処がとれる場合は、

それが許される構造に限るともいえます。

 

状態が悪化する理由

例えば「パワハラを受けていたけど“自分が悪い”“辞めないで頑張らないと”」等と

傷つく環境に居続けてしまうことがあります。

 

そうなってしまう要因に、先に挙げた「自尊心の低さ」があったり、

理不尽な環境下で疲弊していくために体力がどんどん低下して防御力も判断力もなくなってしまって

逃げられなくなる、というメカニズムが考えられます。

 

「不当」なことを「不当だ」と思うこと、

その環境や他者を「切る」ということは、そう簡単にできることではなく、

それまでの自己肯定感や性格的な攻撃性の程度の影響を受けるのだと思います。

 

共感性

サイコパスでもない限り、

一般的には、周囲の人の気持ちや意見を一旦は取り入れようとする人がほとんどです。

それが「共感性」ともいえます。

 

「あなたはダメだ」「もっとがんばれ」等と言われていたら、

どこかで「理不尽なのではないか」と思いながらも、

根が優しく共感力がある人であるほど「そうなのかもしれない」と相手の言ったことをちゃんと検討しようとします。

 

その結果として、いつのまにか不当な扱いが「普通」かのように思うようになってしまうことがあります。

 

犯罪被害の場合

犯罪の被害では、「加害者に好意を抱く心理」として「ストックホルム症候群」や、

トラウマティックな出来事を自ら繰り返してしまうことを「再演」といった現象があります。

 

「ストックホルム症候群」はなんとか生き残ろうとする懸命な無意識の対処であり、

「再演」も無意識に「克服しよう」としていると捉えることもできます。

 

いずれの場合も、一般的にいう「自分を守るための拒絶」が許されなかったと捉えることもできるかと思います。

 

詳しくは「再演」の記事

「ストックホルム症候群」の記事で解説しています。

 

その上で、犯罪被害を代表とする非常に重篤な傷を負った場合に起きる心身の状態について整理します。

 

重篤な被害に遭った場合、それを直ちに「被害だ」と認識できず、

加害者と接点を持ち続けてしまったり、

不当な環境に居続けたりなどといった「さらに傷をつくる行動」をとってしまうことがあります。

 

これは、先ほどの「再演」でも説明ができますが、

他にもいくつかの要因が絡む複雑な現象であると思います。

 

被害による消耗

例えば、たった一度、怪我をしない程度の暴力であっても、

それを受けた被害者は心身ともに非常にショックを受けますし、

とても傷つき、ひいては消耗していきます。

 

ましてそれが、日々繰り返されるモラハラやパワハラ、

あるいは性被害であったならば、

そのショックと消耗はどれほどのものであるか想像を絶します。

 

先に触れたように、人は体力がなくなれば防御力も失われてしまいます

 

結果として、加害者をはねのけるパワーがなくなり、

理不尽な環境でもそこから離れる判断ができなくなるという状態になってもおかしくありません。

 

認知的不協和

「認知的不協和」の記事で詳細に述べていますが、

人は、「一貫性をもとう」とする心理作用があります。

 

そのため、DVやパワハラ、性被害などの犯罪被害に遭うと、

「自分はそのような蔑ろにされる存在なのだ」と

無意識レベルで自尊心が壊されてしまうことが珍しくありません。

 

その結果として、自分を守れずに傷を増やしてしまうことがあります。

 

二次加害の重篤さ

これは、世の中の人や私たち支援者側が注意しなくてはいけない問題であると思います。

 

これまで述べたように、疲弊し深く傷ついている場合ほど

新たな攻撃から身を守ることが難しくなってしまうというメカニズムが隠れています。

 

健康な人にはかすり傷にすらならない安易な一言が、

消耗し傷ついた人にとっては致命傷になりえてしまいます。

だからこそ、二次加害は防がなくてはいけません。

 

「自分が嫌なことは断る」という行為は、

まず「嫌だ」と感じられること

その「体力」があること、

それを自分で「正当だ」と大事にできる「自尊心」があること、

さらに「主張できる」という構造の問題など、

実はいくつも段階が必要なのです。

 

最初から潤沢な体力と恵まれた環境があれば容易なことでも、

被害にあった側からすると、

「断ればよかったのに」で済まされるほど簡単なことではありません。

 

「どうして何度も被害に遭ったのか」「なぜ早く辞めなかったのか」などということは、

ご本人が誰よりも悩み苦しんで自分を理解できずに混乱していることです。

 

決して、支援者側がこのような二次加害になる対応をしないように自戒しないといけません。

 

「自分を守る」には

自分を傷つきから守るには、ここまで述べたように、

まず体力を代表とする身体からのケアが必要であること、

そして、理不尽な被害に遭えば、自分を保てなくなってしまうことは無理もないことを知っておきたいと思います。

 

きっとベストを尽くしてきた

ここでまで述べてきたように、

一般的にいう「自分を守る」ためには、その基盤となる条件がいくつか必要になります。

 

その1つでも欠けている環境であったなら、

傍から見れば「自分から攻撃されにいっている」ように見えるような行動をとっていたとしても

不思議ではありません。

 

しかしそれは、そのときにできる最大限の対処だったのではないかと思います。

 

子どもが親の機嫌を取ることが身を守る唯一の手段であるように、

後から考えれば「不適切」に思えることも、

その時には精一杯の対処だったのではないかと思います。

 

「どうしてあの時自分を大事にしなかったのか」「ちゃんと断ればよかった」等と思ってしまいますし、

もしかしたら第三者に言われてしまうなどの二次加害的な関わりを受けてしまったこともあるかもしれません。

 

しかし、人は、理由のないことをしません。

 

今、そう思えるとしたら、それだけ回復したという証と受け止めて、

その時の対処は、「自分なりに精一杯の行動だった」と理解して優しく寄り添ってあげてほしいなと思います。

 

自分の「防御策」を知る

今までご自身が行ってきた対処はどういったものであったか、

簡単でいいので振り返ってみることは大切かもしれません。

 

同時に、その時に置かれた環境とも照らし合わせて、

「自己主張が許されなかったから機嫌を取っていたな」

「疲労困憊しすぎていたから些細なことも傷ついていたのだ」等と

理解できるとそれだけでも自分を大切にすることに繋がるのではないかと思います。

 

周囲の人の影響を受ける

先に「共感性」について触れましたが、

「共感性」とは「他者の痛みが想像できること」に限りません。

よほど我が強くない限り、

周囲の人たちの発言や行動などに影響を受けることは自然なことです。

 

よく「気にしなければいい」「無視すればいい」と聞きますが、

家庭や職場など、過ごす時間が長ければ、

「気にしない」というのはほとんど無理なのではないかと思います。

 

そういった意味でも

 

環境は大事

 

ということは強調したいところです。

 

「自分を守る」ということは、

自分だけで可能になるわけではないとうことも意識する必要があるかもしれません。

 

罵詈雑言を放ってくる人が身近にいれば、傷ついて当然です。

自己評価が下がってしまうことも無理がないことです。

そういった環境下にあっても「気にしない」としたならば、

「嬉しい」「楽しい」といったポジティブな感情も薄らいでしまい、

日々は苦しくなることに変わりはないのかもしれません。

 

逆にいえば、ご自分に自信がなくても自分を守れなくても、

環境が暖かく支持的なものであれば、ゆっくりとご自身もそうなっていける可能性があります。

 

自分だけでは難しいとはいっても、

自分が自分にできることは多大にあります。

最終的に自分を守ることができるのはご自身だけだとも思います。

 

なので、自分を責めすぎず、かといって投げやりにならず、

ご自身と環境との理解をしながら、ご自分のためにできることを見出していけたらと思います。

 

改めて「選択」する

かつて「断る」などの自己主張が許されなかった構造にいたかもしれません。

そのために「耐える」「相手に合わせる」等の対処が身についているかもしれません。

 

でもは、もしかしたら「断れる」状態かもしれません。

 

断らなくても、何か違和感や不快な気持ちを感じたら、

距離を取るようにしてみてもいいかもしれません。

 

逆に、楽しい気持ちになれたり嬉しくなれたりする人や物事に対しては、

関わる機会を増やすように意識してみると日々が豊かになるかもしれません。

 

 

「自分を守る」ことは、自分だけでは難しい面があるかもしれません。

ただ、「自分を理解する」ということは、

誰よりもご自身がご自分にしてあげられることではないかと思います。

 

自分を理解できたら、それはきっと「自分を守る」ことになっているのだと思います。

 

 

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今回の内容に関連する記事に「トラウマが奪う選択権」

「自分への厳しさ」などがございます。

 

ご興味があればぜひ!!

 

 

今日も最後までお付き合いくださって本当にありがとうございましたm(__)m

 

ぐっと寒くなってきましたので、朝晩は温かくしてお過ごしくださいね。

 

またブログでお目にかかれることを楽しみにしております♪

 

 

 

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