" />

心理雑談 病気のお話

「どう区別したらいいの?」 ~ASDとADHD、双極性障害Ⅱ型の相違点は?~

 

こんにちは~。

 

台風も落ち着いて秋晴れが続きそうですね。

 

今日は、「似た特徴だけど、病気によって違いはある?」といったような

明確な診断基準はないけれど気になる特徴について、

寝子の臨床経験から綴りたいと思います!

 

「話し半分」くらいに気楽に雑談としてお読みいただければと思います。

 

「空気が読めない発言」

今はASDと変更されましたが、「アスペルガー」という診断名があった時代、

「場にそぐわない発言をする」という特徴を「アスペ」と揶揄して言うことが流行ったことがありましたね。

 

同じ特徴がADHDでも認められることが多いです。

 

「空気が読めない発言をしてしまう」という特徴があったとき、

ASDとADHDの違いを述べたいと思います(寝子調べ)

 

ASD

ASDの方の「空気が読めない発言」の場合、

ご本人は「場にそぐわない」とは思っていないことが多く、

自分の発言が不適切だったとしてもピンとこないことが多いです。

 

また、「感情的に言ってしまった」ということは少なく、「良かれと思って言った」ということが多いと感じます。

 

「良かれと思って言った」のに、場の雰囲気が固まってしまったり、相手が怒ってしまったりすることが重なると、

「自分の言うことはズレているようだ」と考えるようになることが多いですが、

ご自身としてはフラットな状態、あるいは善意からの発言であることが多いため、周囲の反応と自分の気持ちとのギャップに傷つくことも多くなることがあります。

 

いずれにしても、ASDの場合は、「自覚がない」といえるかと思います。

 

この特徴の根本は、ASDの大きな特徴の1つである「想像力の問題」であると捉えられると思います。

 

全てのケースではありませんが、ASDの特徴が顕著であると、

普通の人がごく自然に労力を遣わずにできる「他者への想像力」に困難さを抱えています。

 

「想像する」としたら多大なエネルギーを遣わねばならず

かつ的を得た想像をすることは難しく、思考が迷路に入ってしまうこともあります。

 

「他者の気持ち」や「状況の把握」といったあいまいな事柄に対して、

想像して対処するスキルが弱いことがASDの特徴の1つだと思います。

 

ADHD

一方で、ADHDの方も「空気の読めない発言」をすることが多々あり、

「ASDなのか?」と併発を悩むケースも少なくありません。

 

ADHDの場合の「空気の読めない発言」は、

“言いたい”あるいは“黙っていられない”という衝動が勝った結果の発言」

であると捉えることができると考えています。

 

例えば、数人で集まっていて重苦しい雰囲気で「ここは黙っているとき」と「空気を読んだ」対応を取る人が多い場面で、

ADHDの方はその場を壊すような発言で切り込んでいけることがあります。

 

これは、場の空気の悪さに耐え切れなくて、「なんとかしたい」という“衝動”が行動に繋がったといえると思います。

 

同様に、例えば、頭にくる対応を他者からされて、その他者が曲者であると有名であり、

「受け流した方がいい」とわかっていたとしても、

「一言でも言い返したい!」という衝動が「感じ悪いですよね?」等と本人に面と向かって言ってしまえることがあるのも

ADHDの「空気の読めない発言」の特徴といえるかと思います。

 

こうなりますと、弱みではなく長所なのではないかとすら思いますが、

ADHDのご本人は、「またやってしまった…」と落ち込んでしまうことも多々あるので、

安易に楽観視してはいけないのだとも思っています。

 

いずれにしても、ADHDの場合は「空気の読めない発言」に対し、

その自覚はあること、“衝動”が勝つことによって起きるといえると思います。

 

「衝動的」というともっと明白な行動をイメージする傾向があることもあり、

「衝動的な発言」という見方はあまりしないことも多いので、

 

ADHDに限らず、「なんでハイになって言い過ぎるんだろう?」「黙っていれば矛先が向かないとわかっているのについ発言してしまう」といったような自分に対する疑問があったときには、

 

「何かの衝動に動かされているのかも」と考えてみると何か理解に繋がるかもしれません。

 

トラウマ

完全に余談ですが、ADHDの3大特徴(不注意・衝動性・多動性)は、

そのまま「トラウマ反応」と捉えることが可能です。

 

実際、トラウマの心理療法の中には「ADHD」を対象にしているものもあります。

 

現在は「発達性トラウマ」「複雑性PTSD」が新たな概念として広まっているので、

今後さらに発展していくことを考えると、

今は「先天的な障害」とされている「発達障害」は、

根本から捉え直しが必要になっているのだと思います。

 

ただし、「生まれつき」の特性である側面は確実に存在していると考えられ、

全てのケースを「生まれつきか」「環境か」で一くくりにできないのが現状です。

現在は「先天的か後天的か」を鑑別する必要性そのものに疑念が起きており、

それよりも有効な手立てを開発する方向になっています。

 

今はその議論はおいておくとして、

トラウマが原因と考えられる場合のADHD様症状は、「解離」で説明可能であると思います。

 

一方で、ASDの「想像力の問題」は、

「自分の感情への呼応がなかったためにあいまいな事柄に関しての想像力の領域が育たなかった」としたら、

やはりトラウマティックな問題として捉えることが可能だと思います。

 

ASDの場合、「他者や状況といった想像力を要するものは分かりにくい。なので比較的はっきり分かる自分のことが基準になる」ことがあります。

 

ただし、これは「比較的」であって、ASDの方が自分のことをよく理解して、感情についても解放されているというわけではありません。

 

むしろ逆で、ASDの方の自己認識は浅いことが多いと感じます。

 

また、「自他境界がない」ことが多いです。これも「想像力の問題」といえるのかもしれません。

 

一般に、「自他境界がない」というとパーソナリティ障害のような「激しい感情や行動化」とイメージしますが、

 

ASDの場合はそうではなく、「一般的に」「常識的に」示される規範的行動を内面化していることが多く

ゆえに他者に対してもほとんど同じ価値観で見てしまう傾向が認められることが多いと感じています。

 

パーソナリティ障害の場合の「自他境界のなさ」が「私の気持ちをわかってくれて当然」といったような感覚だとしたら、

ASDの場合は「社会的に支持されている行動を取るべきであるのは当然だ」という感覚と例えられるかと思います。

 

ASDの方は、「自分の気持ち」というより

「自分の気持ちもよくは分かっていないが、行動基準を持たなければ生きていけないので社会的な“○○であるべき”を自分に課した」という側面が強いことがあります。

 

つまり、やはりASDの方もご自身の感情は耕されていないことが少なくなく、

そういった生育環境だったゆえの特性であると捉えることができることがあります。

 

医療機関で大人のASDの方のお悩みを聞くと、

「自分にも他人にも厳しい」ことが人間関係にも影響し、

ご本人が行動規範としているのは

「自分がやりたいこと」というより「やるべきだと社会規範として考えられると自分が考えていること」

であるために普段から多大なストレスを抱えていると感じることが多いです。

 

さらなる余談(ASD)

先ほど触れた「医療機関を受診するようなケース」ではない場合についても、少し触れたくなりました。

 

余談中の余談です笑

 

ASDと思われるけれども、病院は受診しておらず、診断は下りておらず、ご本人は社会的に安定した職についている。という場合の傾向は、

また違った特徴を持っていると感じられることがあります。

 

大人になって「社会的に成功した」場合、ASD傾向を持つ方は、

どこかかなり楽観的で、自信があり、先ほど述べた「自分にも他人にも厳しい」というわけではない雰囲気を感じます。

 

この場合の「社会的に成功した」というのは“本人がそう思っている”という点だけが基準です。

 

ただ、先ほどの「想像力の問題」は同じように抱えているので、

日常生活では「自分の考えや気持ち」だけを優先させているようにみえてしまう傾向があるような気がしています。

 

それはご自身にとって比較的はっきりとわかることが「自分のこと」だからだと思います。

 

この場合、先ほどの「自他境界のなさ」は不特定多数の他者というよりも家族などの近しい間柄で強くなり、

場合によってはそれがモラハラなどになってしまうこともあるのだと思います。

 

ただこの場合も、根本はトラウマティックな生育歴が原因とも捉えることができ、

出方の違いはあれど、

今後、精神医学や心理臨床の中で引き続き議論されていくテーマだと思います。

 

しかしながら、もちろんネガティブな出方ばかりするのではなく、

好きな仕事を継続しながらマイペースで明るく日々を過ごし、

信頼し合える対人関係を複数持つことができるケースも少なくないと感じています。

 

気分の浮き沈み

話が変わりまして、次に「気分の浮き沈み」について取り上げます。

 

「気分が上がったり下がったりする」という特徴は、双極性障害ADHDで求められます。

 

この項目は、当事者の方というより支援者目線になるので、参考にならないかもしれません。。

 

なので端的にいきたいと思います。

 

双極性障害Ⅱ型とADHDは両方とも診断されているケースは少なくありません。

 

鑑別が難しいほど症状が似ているといえます。

 

その中で「気分の浮き沈み」を取り上げます。

 

双極性障害Ⅱ型

以前に双極性障害Ⅰ型双極性障害Ⅱ型は記事にしているので、

詳しくはお読みいただければと思います。

 

双極性障害の「気分の浮き沈み」は、まず期間がADHDよりも長いスパンで繰り返されます。

 

「1日の中で」「1週間のうちで」という短期間ではなく、

「数週間気分が良い状態が続いたと思ったら、数ヶ月間はうつ状態になる」という間隔を持っています。

 

また、双極性障害の場合の「気分の浮き沈み」は、

聞いているこちら側(支援者)にズシっと伝わってくる苦しさ、あるいは気分の良さがあるのです。

 

「うつ状態」のときは、本当にツライ心情が接している支援者側にダイレクトに伝わってきます。

同様に「軽躁期」の「気分が良い時期」には、「気分の良さ」が伝わってきます。

 

ADHD

ADHDの「気分の浮き沈み」は、双極性障害に比べて短期間でコロコロ変わる傾向にあると感じます。

 

これは「気分の浮き沈み」という視点だけでなく

「注意の目標が変わる」「関心の矛先が変わる」ことの影響もあると考えられます。

 

根本的な部分が、情緒由来ではなく、注意力の問題である場合であるからなのか、

ADHDの場合の「気分の浮き沈み」は、比較的マイルドで、聞いている側がズシっとは来ないなと感じます。

 

もちろん、本当に感情的な部分で揺れたのであるならば異なりますが、

日常的な気分のムラであると、比較的さっぱりと聞けるといいますか、感情的な大きな動揺は伴っていないことが多いと感じます。

 

 

 

↓押してくださると寝子の活力になります!!

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 心理カウンセラーへ
にほんブログ村

↑いつも応援の一押しを本当にありがとうございます!!

 

 

 

他にも書こうかと思っていたのですが、2項目だけで意外と長くなったので、今日はここらへんで終わりにしようと思います(*^_^*)

 

また別の記事で「どこからが依存?」とか、「診断基準はないけど知りたい線引き」みたいなことを書こうと思っています!

 

 

季節の変わり目で風邪などひきやすい時期ですので、みなさまお身体大事にされてください。。

 

 

またのお越しをお待ちしております♪

 

 

 

 

 

-心理雑談, 病気のお話

© 2022 心理カウンセラー寝子の寝言 Powered by AFFINGER5